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『堤防敷逡巡』 6

   翌日の木曜日、会社が終わったあと 白井加代子と神田駅前の居酒屋で待ち合わせた。

磯貝が岐阜に出張だったので、余裕を持って待ち合わせ場所へ向かう事ができる。
会社を出て靖国通りをまっすぐ行き昭和通りを渡り左折、2番目の通りを右折し5分程歩けば神田駅の北口に出る。
目の前にある居酒屋だ。

店に入ると予約の有無と名前を聞かれる。
「ご予約のお名前は?」
「吉野です」
「吉野様ですね。ご案内致します。」

通された部屋は個室であった。
彼女は白いポロシャツとジーンズのカジュアルな格好、そして笑顔で吉野を迎えた。

「待たせちゃったかな ごめんごめん。」
「いえ、私も5分前についたばっかりです。」
「そうか。社長が出張で時間通り出られたんだけど。」
「大丈夫ですよ、部長。」

何となく昨日1日で彼女との距離感が変わった。

店員がオーダーを取りにきた。
「何飲む?」
「シャンディーガフお願いします。」
吉野は、テーブルに肘をついて顎を支えていたが、今の一言で肘を倒し頭をグラッとさせた。
「昭和のコケ方ですね。」
「放っといてくれ。」
「俺は生中、食べる物はあとで。」

店員が復唱して部屋を出ていく。

時間はあるが、酔わないうちに聞いた方が良いのかと思い彼女に「相談て?」と促した。

彼女は一瞬躊躇ったようだが、直ぐに口を開いた。
「実は私、500万円の借金がありました。それを返すために夜の仕事をしています。」

「500万円か。小さな金額じゃないな。何の借金?ギャンブル  男に貢いだとか?」
「どちらかと言うと後者です。正確に言えばホストに貢ぎました。お目当てのホストが出来て通いつめちゃったんです。」
「君からはそんなイメージは程遠いけどな。もっとクールな、人生を他人に左右されない人だと思ってたよ。」
「私も自分の事そう思ってました。でも違ったんですね。予想に反して。」

吉野は思わず「ハッハッハッ まるで他人事みたいだね。」
「で、まだ借金残ってるのか?」

ノックがあり店員が飲み物を持って来たので摘まみを幾つか注文した。
「とりあえず乾杯しよう。お疲れ様。」
「お疲れ様でした。色々とご迷惑をお掛けしてすみませんでした。」
彼女は素直に詫びた。

「借金はまだ240万円あります。結構返済したんですが最近体力的に辛くて。それで今回のような有り様です。」

「提案なんだが聞いてくれ。銀行に借りるのはどうだ?本当は預金があれば良いんだが、なければそれなりの方法があるぞ。」
「郵便貯金が200万円あります。母親が結婚資金のためと毎月積み立ててくれたお金です。」

「そのお金は君の自由になるの?可能ならば借り入れする銀行に移してくれれば、ローンを組むのは比較的容易だと思う。」
「親に話して見ます。何か理由を考えなければなりませんが。」
「じゃあ聞いてみてくれ。もしご両親の許可が出なかった時への対応も考えてみるよ。

「宜しくお願いします。」
彼女は頭を下げた。

摘まみがきた。
それからは、会社の話から離れてお互いのプライベートな話しに移った。

彼女の両親は、二人とも再婚で彼女は母親の連れ子らしい。
義父はとても優しい人で、彼女を大学まで出してくれて何一つ文句も言わず、仕事も真面目で母親の事も大切にしてくれ、文句のつけようがない父親らしい。

しかし、彼女からしてみれば母親を取られたような気がしたのだろう。
大学の卒業間際からホストクラブに通いつめ、ホストに貢ぎ多額の借金を作ってしまったようだ。

「部長のお子さんはもう社会人ですよね。」
「俺、子供いないんだ。出来なかった。家内は俺が銀行を辞める半年前に病死した。」

「そうなんですか、ごめんなさい。嫌な事思い出させてしまいました。」

「もう5年も前の事だから大丈夫。それに今は一人で気楽だし。」

そんな会話を交わしながら1時間半程でお開きになった。

「今夜は有り難うございました。ごちそうさまでした。」
「相談にものって頂いてすみませんでした。」

「どう致しまして。とりあえずは自宅で待機していてくれ。必ず連絡するから。」

「わかりました。おやすみなさい。」

「帰り気をつけて。それじゃあ。」

神田駅から中央線にのって明日社長にどのように話せば良いか頭の中で組み立て始めた。


続く








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