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『堤防敷逡巡』 7

 昨夜、彼女を尾行する前までは弱みを握って円満に退社願おうかと考えていたのだが、話をしたおかげで彼女との距離が一気に近づき同時に太田への不信感が増幅された。
勿論、宮入への不信感も。

決着の付け方としてはこうだ。
白井は『懲戒』、太田と宮入は不正残業代分を減給。
社長にはこれで了解を得たい。


木曜日、出勤したばかりの磯貝に、「吉野君 ちょっと来てくれ」と呼び出された。
白井の件で報告を求められるかと思いきや、違う要件だった。
「今夜会社が終わったら残ってくれないか? 会って貰いたい方々がいるんだ」

「分かりました。どなたにお会いするのでしょうか? どんな目的で。」
吉野はすぐにピンと来たが、わざと惚けて質問した。

「会えば分かるよ。君にとっては懐かしくもあるが、歓迎されざる客だろうけどな。」

「承知しました。」

「席に戻っていいよ。」

「私からも報告があります。先日ご報告した件ですが。」

「あれは君に任せたはずだが。」

「はい、でも処分内容だけは お話しし、ご許可頂きませんと。」
吉野は一通り話をしたが、またも磯貝は上の空で聞いてるようだ。

「分かった。とにかく上手く処理するように。」
そりゃそうだろう。買い手からしたら、これから買収しようとしている会社内でトラブルが起きると分かったら尻込みするか、買い叩かれかねない。

午後6時10分、磯貝と吉野を残して全員が帰った。
「君は今も東西銀行の人と会ってるの?」
「退職後 1年くらいまでは会ってましたが、最近はまったく機会がないですね。」
「実は、これから見えるお客様は君がいた銀行の人達だ。分かってたんだろう。」
「いえ、何でですか?」
「君はさっき、どんな目的でと聞いた。普通そんな聞き方はしない。だから、銀行の人と会って情報を仕入ていると思った。」

「なるほど 。でも、会ってないと言うのは本当です。今回の件は思わぬ場所で知る事となりました。」

吉野は思った。この社長はお坊ちゃん育ちでのほほんとしているように見えて、見ているところは見ている。
自分の事をこの会社に誘ったのは磯貝だか、銀行の人事部は最初、別の人間を推してたそうだ。
だが、磯貝は自分以外の人は受け入れないと強硬だったらしい。
何が気にいられたのか?


午後6時30分直前に来訪者が到着。

『招かれざる客』は3人。
いかにも銀行員らしい、ペンシルストライプの紺のスーツに赤と青のレジメンタルのネクタイをした50歳くらいの男と、カジュアルシャツにジャケットとパンツの吉野と同年代に男、30歳くらいで黒のスーツにノーネクタイの男だ。

磯貝はネクタイをした男とは面識があるようで「その説はお世話になりました」と会話を交わしていた。
名刺交換がはじまる。


続く






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