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「手紙」


如月水の潔いショートカットの襟足を見ながら、制服の白いシャツの襟との対比が眩しいなと思いながら、5時間目はなぜこんなにも夏に溶けていかないのだろうと思いながら、皐月かなたはほおづえに疲れてきていた。
満腹で受ける老教師の地理はもはや昼寝のための時間だ。それをかろうじて繋ぎ止めているのが、前に座る親友の後ろ姿だっ……うそうそ、もう眠い、寝るしかない。
ぽとり、と水がたたんだ紙をよこす。
《学園祭でやるオリジナル曲のタイトル考えて》
その下にすぐ
《kurokami short girl》
と書いて渡してやると、かすかに肩をふるわせているのが目に入った。
《真面目に考えて》
《いや大真面目よ》
手紙のやり取りが始まれば眠気は立ち消える。それもこれも相手が水だからだ。
《黒髪ショートが黒髪ショートの歌作るのおかしくない?》
《世の中にどれだけ黒髪ショートがいると思ってるの、自惚れなさんな》
今度は吹き出しに「そうかもしれないけどさ〜」と書き込まれた水っぽいキャラクターが描かれた紙を渡される。本当はこの紙切れ1枚1枚をすべて取っておきたい、なんてことは思っていない。思っていないが、なんとなく、毎回たたみじわを丁寧に伸ばしてしまう。手放すのに。手放すのに。
《黒髪ショートガール いつか手放すのに、という歌詞はどう?》
と書いたところで授業が終わるチャイムが鳴った。
「かなた、今日放課後マック行って歌詞の相談に乗ってよ!」
「いいけどポテト奢ってくれる?」
「しょうがないなー」
ってしょうがなくもなさそうな水の笑顔を見ながら、かなたはさっき書いた小さな手紙をぎゅっとにぎった。そのたたみじわは、永遠に伸ばされることはない。


※某所でのお題イベントに参加したショートショート

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