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日本人には沈黙を破る勇気が必要だと思ったできごと
わたしが二子新地に住んでいた頃のお話。
仕事帰りの田園都市線はいつもわりと混んでいた。その日も23時くらい。電車の中はギュウギュウとまではいかないけど、余白が無いくらいには人が詰まっていた。
突然、横にいた人が何かを避けるようにわたしの方に押し寄せてくる。「???」と思っていると、ひとりの男性の周りに1mくらいポッカリ空間ができていた。
その瞬間、男性はのたうち周り、ゲロを吐いた。
満員電車の中で、ゲロを吐いた。
そしてそのまま、男性は座り込んでうなだれていた。
男性の周りには1mの空間ができたまま。
電車内は悲壮感なのか、嫌悪感なのか、何感なのか、重い空気が立ち込めていた。そして皆がこの出来事をなかったことにしようと息を潜めていた。
その男性を何とかしてあげたい気持ちもあったのだけど、この空気を打ち破りたかったのもあったと思う。
「あの、これ使ってくださ・・・」
わたしが言い終わるか終わらないかのその時、近くにいた男性もティッシュを差し出した。「これも使って!」
一瞬で、周りにいる人みんながティッシュを差し出していた。ハンカチやタオルを差し出す人も。そして、ペットボトルの水を差し出す人。
うなだれていた男性は、皆のティッシュを使って、吐物を掃除し始めた。さっきまでダメ人間のように思えたその人は、生気を放っていた。
そして何より驚いたのは、周りにいた人達みんなが談笑し始めたこと。あの重い空気はどこへやら、知らない人同士が「よかったね、心配したよ。」と話し、笑い、あたたかい空気が電車の中に充満していた。
男性は吐物を掃除したティッシュを持って、みんなに謝り、ありがとうと言って元気に電車を降りていった。
自分の起こした小さな行動で、いっきに周りの空気が変わり、優しさに溢れた空間になったことはとても嬉しかった。そして外国人の友達が言っていたことを思い出した。
日本人って、シャイだしあんまり心開かないイメージだけど、人が困っていたり、ちょっとしたきっかけがあるとすごく親身になってくれるし、親切だ。
そうかもしれない。
わたしがティッシュを出そうとしていた時、みんな同じことを思っていた。
静寂の中、最初に行動するのも声を出すのも日本人は苦手だが、誰かが先頭を切れば後についてくる。だけど、もしあの時静寂を壊す人がいなかったら、電車の中は重い空気のままだったかもしれない。
だから、みんなが静寂を壊す人になれればいい。
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