王座戦振り返り③

大会の恐ろしいところは、相手の実力がわからないことである。
有名人の実力はわかるが、団体となれば枠が広いので、無名の強豪がしれっと紛れ込んでいる可能性もある。つまり誰もが強豪の可能性を秘めており、誰もがその「強豪である可能性」というまじないに肖ることができる。


第3局 九州大学 T氏

第3局はまさかの横歩取りになった。

数年前は「アマチュア将棋で横歩取りはほぼ存在しない」という噂がまことしやかに囁かれていたが、時代の変化だろうか。相掛かりの増加もあるように、角換わりからシフトチェンジする居飛車党が増えてきたのかもしれない。

私は横歩をあんまり取りたくない人間なのだが、相手が自信たっぷりだったので思わず取ってやろうという気分になってしまった。良くも悪くも、私はそういう将棋である。

青野流をうかがわせる出だしから引き飛車へ変化。
すると相手はまさかの△8五飛戦法である。懐かしの中座飛車。

懐かしさを覚えつつも、すっかり定跡を忘れていたので肝が冷えた。

とりあえずうろ覚えの知識から「▲7七角~▲5九金と▲1七桂の形をつくるんだったよな…」と考えて漫然と組んでいたところ、まさかの△5四歩。

なるほど、これは絶好である。やはり▲6九玉型でなくてはいけなかった。
うまくやられたなと思いつつ、気を取り直して▲1六歩△5五歩▲6九玉と辛抱した。

前日のオーダー会議で、私の相手はマークされていない選手だった。
3局目ということもあり、それなら少し楽ができるかと思っていたのだが、駒を並べる手つきが明らかに強い人のソレだな……と感じていた。

”手つきが綺麗”という言葉だけで形容するのは無理があるのだが、駒をたくさん持っている人は、動きが洗練されている。
相手の情報を仕入れるのが苦手な私は、そんなふうに対局中に相手の棋力を見極めることにしている。

しかし、本譜は警戒しながら△4四角まで進んだわけだが、すでに作戦負けの予感がした。これに関しては完全に相手の横歩取りが上手だった。

相手の様子を見ようと▲1五歩と緩い球を投げたところ、△2八歩の手裏剣が飛んできた。完全に見落としていたが、これがあまりに激痛。しばし長考する。

不利になってしまったときは、ふと、こんなことを思う。
次の手を指さないと自分は負けてしまうんだなぁ……と。
負けるのは、どうしてこんなに簡単なんだろう。

そういうときは一回投了したと思って、初期局面だと思うようにしている。
いざ考えてみるとかなり絶望的で、もともと▲4八銀に△2八歩が嫌だったのに、△2八歩のあとに▲4八銀を指すようでは負けである。
しかし▲2八同銀はあまりにも価値が無い。しかし▲3八銀は余計意味がない……。

考えた挙句、角に犠牲になってもらうことにした。
▲2八同銀△6五桂▲6六角△4五桂▲7七桂△同桂成▲同銀△5四桂▲5八玉

観戦者はどうやら私がうっかり角を取られたと思ったらしい。
たしかに見落としがちな筋だが。

銀の顔を立てるために中央に玉を移動して粘る方針にしたが、先に▲4八金だったかもしれない。

△6六桂▲同銀△5六歩▲同飛△3八角▲2三歩

△3八角が一瞬の緩手と見て、ラッシュを仕掛ける。
しかし桂と歩しかないのでよっぽど難しいと思ったが、とりあえずやるしかない。

△同銀▲2四歩△3四銀▲7七桂△8四飛▲4六桂

▲5五銀と出る予定だったのだが、△5七桂成の好手を見落としていたため慌てて予定変更。
しかし、駒が少ないだけに予定変更は致命的かに思われた。

読み筋は△5五歩▲同銀△5七桂成▲同玉△4五銀▲4四銀以下の順で、すぐには負けないと思ったが、依然として形勢は悪そう。

本譜は△3五銀▲5五銀△4六銀▲同銀△6四桂

ほかにも色々あったが、一番勝負になりそうな順へ踏み込んでもらえた。

ここから
▲5一飛成△同銀▲4五銀△5六歩▲2三歩成と進んで勝負は佳境に。

序盤の劣勢から見ると、かなり追い詰めた格好であるが、しかし小駒しかないのでまだ捕まえるに至らない。

△5七歩成▲同玉△3五角▲4八玉

ここで△2九角成に対する対応を考えていた。
相手に詰めろをかければ勝ちなのだが、どうにも見つからない。
すると、▲3二と△同玉▲3四桂がどうやら▲3三金以下の詰めろになっているということに気づいた。

それで安心しきっていたら、▲3四桂に△3八飛▲4九玉△2八飛成で詰めろ逃れの詰めろである。これに気づいて一度愕然とした。
すなわち戻って、△2九角成に▲3九金と打つしかなく、耐えきれているかという勝負かと思っていた。

すると本譜は△1六角成。そちらは考えてなかった。

△1六角成▲3二と△同玉▲2七歩△5六歩▲4六銀

手堅い受け。少し怖いが、これで弾ければすべての駒が活きてくると見た。
そっぽに行かされた▲2八銀がいつの間にか頼もしい相棒になっている。

このまま以下は押し切ることができた。

投了図

振り返ってみると、厳しい場面は多かったものの明確に負けが決まるほどは落とさなかったのでよく頑張れたと思う。


局後、相手の方から「リベンジできなかった……」という旨の言葉をかけられて首をかしげていたところ、どうやら3年前の王座戦で対局していたらしい。なるほど、相当な手練れのわけである。
思い返してみると、その時も大会唯一の横歩取りを指した記憶がある。不思議な縁だ。


1日目はまさかの苦手戦法ラッシュ&激闘続きで疲労したが、むしろ翌日へ向けてちょうど良い刺激にもなった。

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