美しさとは何か? 何に、なぜ美しいと感じるのか?
美しさとは何か?
議論を単純化するため、美しい音や関係性、あるいはストーリーなどは除外し、見た目の美しさのみを対象とする。
美しさの基準は時代や文化によって異なる。そもそも人によって異なる。なので共通の定義は不可能に思える。
そこで消極的であるが、下記のように定義する。
見た時に、快く感じるもの
美しさはあくまでも人間中心の主観的な感情であり、その感じ方や大きさも人それぞれであるので、大雑把に快いとした。
何に美しいと感じるのか?
一般的に美しいものといえば、自然界における風景や星空、樹木、鳥などの動植物、絵画や彫刻などの芸術作品、また、人そのものの顔や肉体が該当する。
それら美しいものは、視覚的な構成要素として、
形状と色彩に分けられる。
形状の美しさ
・対称性(花やヒトデ)
・連続性(巻貝、並木)
・比例性(黄金比、白銀比などの比率)
・人間性(美人顔、肉体美、人型のものなど)
色彩の美しさ
・画一性(満開の桜、星空)
・複雑性(花畑、珊瑚礁)
なぜ美しいと感じるのか?
仮説①生存に有利だったから
人体に関して言えば、肉体は健康的で、顔は左右対称なのが美しいとされている。
肉体は言うまでもなく、顔の対称性が評価されるのは、大きな怪我や病気、あるいは遺伝的な欠陥が少なく、より健康的だと見なされるからという説がある。
また、壮大な風景を好む理由は、高所など見晴らしが良いのは安全な場所である証拠であり、また、自然が多いということは、それだけ資源が豊富で、生存に有利だからという説もある。
しかしながら、生存に有利だからでは説明のつかない理由もある。
例えば人体については、モデルなど、男女ともに背が高い方が良いとされる。しかし自然界においては、敵に見つかりやすいため、一概に有利とは言えない。
また風景については、砂漠や星空、花畑など、生存には無関係か、むしろ不利になるような土地でさえ、美しさを感じる。
生存に有利なものを美しく感じる。そういう回路は当然備わっていると思う。しかしそれと同時に、反対の回路もあるのではないかと思う。
仮説②生存に不利だから
いわゆるハンディキャップ仮説である。
クジャクのオスの羽根は、派手なほどメスに評価されるが、当然生存には不利になる。
しかし、不利にも関わらず生きていることが、逆に生存能力の高さを証明しているのである。
人間の世界に当てはめるなら、例えば花を贈る行為である。
花は基本的には役に立たない。中には食える花もあるが、贈る側も貰う側も、それを想定して贈呈はしない。
しかし、だからこそ、役に立たない花を多く贈る、あるいは贈られることが、余裕がある証拠になる。(偏見かもしれないが、今でも園芸を趣味とするのは、時間と資金に余裕のある者たちだろう)
人体においても同様に説明できる。長い脚、白い肌など、どれも余裕がなければ維持できない資源である。
あるいは絶景も、そこに辿り着けるのは、それだけ生存能力のある証拠になる。
仮説③認知能力とと社会性を測る指標だから
広い意味で、人間社会においては生存に不可欠と言って良い。
形状や色彩を識別でき、それを評価する能力があることは、脳機能の発達した文明人である証拠になる。
また、そうした美しいものを美しいと認め、共感できる、余裕や社会性が発達しているか見る指標にもなる(偏見②金持ちほどオペラ鑑賞などの文化活動に熱心)
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