見出し画像

「仕方がない」を超えて

2020年3月、一本のドキュメンタリー映画が公開された。タイトルは『わたしは分断を許さない』。フリージャーナリストの堀潤さんが監督・撮影・編集を務めた作品だ。

3月9日、公開直後に映画館に観に行った時は、ちょうど新型コロナウイルス感染症の脅威が広がりはじめ、今後の上映もどうなるか、といった状況だったと思う。あれから5ヶ月、この間に分断の速度は上がり、より明らかになってきていることを感じて、改めてこの映画について書いてみようと思った。

映画の舞台は、香港、朝鮮半島、シリア、パレスチナ、福島、沖縄…。堀さんが取材で訪れた数々の現場での対話の記録が次々と紡がれる。若者は、とか難民は、というように一括りにされることはなく、○○さんは、と小さな主語で語られる一人ひとりの物語。デモの最前線、復興住宅、入管、基地反対運動現場、難民キャンプ…居住地も職業も年齢も異なる人々が、その状況を、心境を語る。一見バラバラな物語なのだが、そこには共通点があった。

映画公開に合わせて執筆・刊行された同タイトルの書籍(*1)の中で堀さんはこんな告白をしている。しばらく筆が進まなくなった期間があった、と。その理由は取材で話を聞いた男性たちの名前が思い出せなかったから。取材メモを探しても出てこず、「派遣社員の男性」という属性でしか記憶していなかった。そんな意識で接していた自分、寄り添うように見せかけて尊厳を傷つけていた自分が恐ろしくなったのだ、と。毎日のように取材に出かけ、1日に何人もの人と話をしているのだから、たった一度取材した人の名前を覚えていなかったことくらい仕方ないじゃない?と思ってふと気づいた。

この「仕方ない」という言葉・態度こそが分断のもとになるんだ…。

豊かになるためには自由が制限されても仕方がない、土地を奪われても仕方がない、自国を守るためには基地建設も仕方がない、移民排斥も仕方がない…大きな流れの中では小さな存在は捨ておかれても仕方がない。そのような風潮があらゆる場所で広がっているけれど、本当に仕方がないんだろうか?「仕方がない」と言われる側にだって一人ひとりの生活があり、守られるべき人権がある。そして、いつそれを侵害される側になってもおかしくない。

そう頭では理解しているし、他人事ではない、とどこかで気づいているのに、今そうではないから気づかなかったことにしている自分がいる…。

いつだったか、この作品ははじめ『流刑地にて』というタイトルを考えていたということを聞いた。堀さんの一作目に『変身』というドキュメンタリー映画があるが、それと同じくフランツ・カフカの小説からだろう。カフカの『流刑地にて』では、理不尽な裁きを執行する将校、理由も知らされずに裁かれる囚人、それを観察する旅行者が登場する。大きな流れを作るメディア、小さな存在である取材対象の一人ひとり、それらをいっとき傍観して「仕方がない」と去っていく視聴者…とそれぞれの象徴を重ね合わせたのだろうか。

22:20追記
堀さんのYouTube番組を見ていて、この作品に『声をあげる』というタイトルも(?)あったことを知る。いくつか変遷があったのか、わたしの記憶違いか分からないので、今度お話しする機会があったら聞いてみようと思う。

しかしタイトルは変わった。『わたしは分断を許さない』。

この「わたし」はきっと、堀さん自身なのだけれど、メディア人としてではなくて、一市民としての堀さんなのだろう。だから、この「わたし」は、誰でも重ね合わせることができる。「仕方がない」と言ってしまう、思ってしまう「わたし」。たまたま今、当事者ではないから、理不尽な刑の執行を横目に立ち去ることもできる。当事者の痛みを想像せず、「仕方がない」と傍観し、うっかり分断のもとを作ってしまう。

そんな「わたし」を、もうこれ以上は許さない。堀さんの覚悟が、おそらく自責も含めて、ストレートに伝わってくるタイトルだと思った。

あらゆる現場で広がる「分断」、そしてそれを生み出してしまう「わたし」。社会問題と言われる事象を見ても、自分の周りの出来事を見ても、当てはまることがとっても多い。数年前から堀さんの取材・発信を見てきて、自分もちょっとでも社会を知って役に立ちたいと思って、映画を見たり本を買ったり、時には発信してみたりしてきた。それが実際役に立っているかは分からない。ただ、少なくとも、こんなことしても「仕方がない」と思うことだけはやめようと決めた。自分の行動や発信が役に立ったかどうかということは、きっと、今自分が決めることじゃない。

作品のコピーに「こんなはずじゃなかった。それでも、諦めたくない。(*2)」とある。ゆっくりでも、小さな範囲でもいいから、諦めずに自分の声を発信していく。映画を振り返って、今改めて覚悟した。

(*1)書籍はこちら
『わたしは分断を許さない』(著:堀潤 実業之日本社)

(*2)阿部広太郎さんのコピーです

映画の上映情報はこちらから


実はこの文章は、少し前に、PLANETS Schoolで練習のために書いたものがベースになっています。元の文章を知っている人が何人か見てくれているかもしれませんが、構成も中身も相当変わりました。そのままお蔵入りにしてしまうこともできたのですが、様々な社会情勢をみて、やはり書き直して公開することにしました。アドバイスをくれたPLANETS編集部の方、感想をくれたPLANETS CLUBメンバーの方、ありがとうございました。書籍は宇野さんとの対談も載っていますので、ぜひ見てみてください!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?