獣医学実習の実際(解剖実習編)
最近は動物愛護の観点から
昔ほどのおぞましい実習ができなくなってきました
私は普通の人なら吐き気を催すような実習に耐えてきた人間です
今回の記事はデリケートな内容を含みますので
苦手な方はそっと画面を閉じてください
私の出身校では一番最初に受けた実習が解剖学実習でした
実習場に行くと目の前に大きな牛
体育会系の部活に所属している生徒が集められ
押さえておけとの指示
そして放血
頸静脈に極太の注射針を刺し、全ての血液を抜いていきます
最終的には立っていられなくなり倒れるのですが
血圧が下がったところで盛大な嘔吐
死亡を確認して合掌
頭部、四肢、体幹にバラしていきますが
ここは解剖学的な知識と技術が必要なので
教授や研究室生が手早く済ませていきます
実習期間は1週間
この間、腐らないように大型の冷蔵庫で保管します
今日は頭部の観察をしましょう
今日は前肢の確認をしましょう
今日は消化管の確認をしましょう
その日ごとに必要な部位を持ち出して
外観のスケッチ
皮膚を剥いで、筋層・血管・神経の走行をスケッチ
消化管を開いて内腔のスケッチ
観察が終わったら、ホルマリン処理ができる大きさに筋肉や関節をバラします
まだ新鮮な状態では、神経に触れると動きます
筋肉に刺激を加えても動きます
ホルマリン処理をすることで、次に観察をしたい施設への移送や管理が容易になります
牛以外に、鶏と犬も同様の実習を行いました
この一連の過程が動物愛護に引っ掛かるようで
私の後の世代からは、すでにホルマリン漬けになった検体を用いての実習になったようです
この光景がショッキングすぎて、志半ばで獣医師になることを諦める学生さんもいます
実際に私がこの実習を受けて感じたこと
「実物に勝る検体はない」
ホルマリン漬け検体では、細胞が固定(活動停止)され変色し
全体的に茶色みがかった外観になり、リアルな色とはかけ離れます
ホルマリン検体の画像がないため、参考までに色味を表現してみました
当院での潜在精巣手術中の写真に加工を加えたもの
見え方としては彩度が非常に低い
生の組織ですと筋肉は赤、靭帯は白、神経は薄黄色、血管は赤や青など
非常にカラフルな上に、毛細血管からの出血により全体的に赤いフィルターがかかります
リアルな画像はこんな感じ
手術中、出血コントロールがうまくいかないと
全てが赤い世界から目当ての組織を見つけ出し
血管・神経を傷つけないように保存する必要があります
この赤い世界
ホルマリン標本や、3Dプリンターなどで作った擬似標本では体験できません
じゃあ、今の学生さんはどこで勉強するのかといえば「現場」です
小動物臨床(動物病院)に進んだ獣医さんは
オーナー様のいるワンちゃん・ネコちゃんで
初めて赤い世界を体験することになります
大きな手術をするときは、皆さん助手に入りながら指導を受けて身につけていきますが
去勢・避妊手術などは新卒2年目くらいの先生が担当することがあります
このとき、学生時代から赤い世界を知っている先生と
現場に出てから初めて経験する先生と
どっちの方が安心して任せられるかって話です
実際には、実習で足りない分を現場で勉強したうえで執刀の許可が出ますので
ひとりで手術ができるくらいのレベルになった先生の知識とスキルは
院長先生のお墨付きではありますが
そこに辿り着くまでに要する指導教育の時間と手間を考えると
実習はしておいた方がいいんじゃないかなぁと個人的には思います
もちろん、動物愛護的な面からすると
無闇矢鱈に動物の殺生をするのはいただけないですが
今日の医療はいままでのすべての命の上に成り立っていますので
実習に供された動物の死は、決して無駄ではなく
次のたくさんの命を救うために役立っていると私は考えます
話はズレますが
食肉用に育てられ、屠殺されたのちに美味しくいただきますされる牛と
実習用に育てられ、放血されたのちに次の命を救うために供される牛と
違いはどこにあるのでしょうか
片や、人間が生きていくための食用
片や、動物を生かすための教育用
動物愛護的な面で解剖学実習が代替検体に変わってしまうのを受け入れてしまったら
お肉を食べることに矛盾が生じてしまうのではないかと思うとともに
人間のために死んでいく失われる命と、動物のために失われる命
どっちが動物愛護的にNGなのか悩まされます
動物愛護は哲学的な側面を多分に含んでいるので
みんなが足並みを揃えていくのが難しい部分があります
閑話休題
今後、もっとリアルな実習用検体が開発されることで
生体を用いない実習でも、得られる情報が変わらなくなったらいいなと思います
でもそれって、リアルに作れば作るほど
擬似的に作られた「人造生命体」になるんじゃないかなぁ…
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