見出し画像

くすぐられながら腕を上げ続けなければいけない秀才少女の話

前回のお話:

【前回までのあらすじ】

私、箕咲まりなは私立笑来学園の1年生。

理科教師の佐橋花先生にはめられて、和泉恭平先輩との恥ずかしい写真を新聞部に入手されてしまう。

スキャンダル写真の破棄を求めて新聞部に取り引きを持ちかけた私は、そこで10分間の「くすぐり尋問」にかけられてしまうのだった。


【第5話】

1

「箕咲さん、大丈夫!?」

新聞部の藤田姉妹による10分間のくすぐり尋問も残すところ2分30秒というタイミング。

もはや心を折られた私が敗北を宣言しようとしたまさにその時、部室の扉が勢いよく開けられ、息を切らした和泉先輩が駆け込んできた。

「だ、だい……いやっ見ないでください……先輩……!」

私ははっと我に返る。全身真っ赤に火照り、髪はボサボサに乱れ、汗と涙と恐らくよだれでぐっしょり濡れ、肝心なところは上手く隠れているとはいえスカートやインナーもだらしなく捲れ上がってへなへなになった自分。

こんな姿を先輩に見られたことへの羞恥心が、私の意識を一瞬で現実へと引き戻した。

「だめ、あっち! あっち向いててください!!」

「え、ご、ごめん!」

「入り口の鍵は確かにかけたはずよ……! どうやって……!?」

驚きと苛立ちを露にする藤田姉妹の妹、美希先輩に対して、和泉先輩は右手に持っているものを見せつける。

「合鍵……! いったいどこで!?」

「まあまあ、美希さん落ち着いて。部室のセキュリティは後ほど見直す必要がありそうですが、せっかくです。まりなさんが敗北する瞬間をパートナーさんにも見届けていただきましょう♪」

「わ、私たちは、そういう関係じゃありません!」

「待ってくれ! 尋問なら僕が代わりに受ける!」

二人同時に別々のことを叫んでしまう。

「和泉くんでしたっけ? それはダメですわ。残り約2分、尋問に耐えきればまりなさんの勝ち、リタイアしたら負け。これはまりなさんが了承したことよ。この部室では嘘は決して許されないの」

そうピシャリと言い放つ姉の真希先輩の相変わらず落ち着いた口調の裏に、私はどこか有無を言わせない雰囲気を感じた。

「せっかく駆け付けたのに残念だったわね。あんたみたいなモブにヒーロー気取られてたまるもんですか!」

美希先輩のほうは、何故だか和泉先輩に敵意むき出しだ。

「先輩、私なら大丈夫です。あとたった2分、耐えて見せますから!」

「あら頼もしいですわね、まりなさん♪」

「ふん。さっきまでひいひい喘がされて泣きながら許しを請ってたのは誰だったかしら?」

そう言うと、美希先輩がまた私の左足を抱え上げ、足裏のくすぐりを再開する。

「いつまでも休んでいられると思ったら大間違いよ!」カリカリカリ…

「あっあああ! あああっははははははははははは!!!」

再び襲ってきたくすぐったさに、私はすぐに余裕を失ってしまう。さっき足裏をくすぐられたときは半ば抜け殻のようになっていたが、今は正気を取り戻した分むしろ刺激が鮮明に伝わってくる。

「ところでまりなさん、先ほどは何て言いかけたのでしたっけ? もう一度言ってみましょうか?」

「あはっああああっはっはっはははははは……い、言わないいいいいっひひひひ! あはははははは!!!」

「あらまあ。和泉くんも罪な男ですわね。あのまま降参していれば、これ以上苦しまなくて済んだのに」

カリカリカリカリ…

「いやああーっはっははははっはっは!! ああああはははははははっ!!!」

美希先輩の単調だが隙のない指の動きで土踏まずを引っ掻かれ続ける。私は吊られた両腕をガチャガチャと鳴らしながら、なんとかくすぐったさを拡散させようともがいた。

「和泉くんのせいで30秒も時間稼ぎをされてしまいましたわ。まりなさん、時間稼ぎのお仕置きは何だったか覚えているかしら?」

「あははっそ、それは……!」

太ももにピト、と真希先輩の5本の指が爪を立てた状態で置かれる。

「きゃあ! い、いや……それだけはっ!」

またあれをやるつもりだ。背筋にゾクゾクと緊張が走る。

「ここをなぞるとあなたがどんな声で啼くのか、和泉くんにも聞かせてあげましょうね♪」

「だ……だめ……ダメッ!!」

懇願も空しく、5本の指が膝の上から太ももの付け根までツツツーーーと滑る。

「……くぁッ……ん……はあああぁぁう……!!!」

「まあ。さっきは獣のように叫んでいたのに。我慢しちゃってかわいい♡」

「あなた、そんなにあの男にいいとこみせたいの?」

「ちがっそんなんじゃ……いやあああああ!」

間発入れずに二回目。復路とばかりに太ももの付け根から膝小僧までなぞられる。

「今度は我慢なんてさせませんわ♡」

私の左膝の上に置かれていた真希先輩の手が、ゆっくりゆっくり移動して膝の裏へと回る。

「ふふ、内側は数倍くすぐったいでしょうね♡」

「……だっ! ダメッ! 先輩、耳塞いでてください!」

「あら、ずるいじゃない。もう怒ったから手加減してあげませんわ。えい!」

ツツツーーー

「ぎゃあああああああははははは&%”)$((&”)()”!!!!!」

内ももはゾッとするくすぐったさだった。私の脳裏にまたしても「降参」の二文字がよぎる。

「残り90秒、お姉さまそろそろあれを――」

「ふふ、このまま弱点を責め続けてあげますわ♪」

美希先輩が何か言いかけたようだが、真希先輩は応じず、代わりに私の両太ももの上でランダムに10本の指を踊らせはじめた。

「ダメえええええぇぇぇぇぇぇぇ!!あああああっはっはっははははははっ!!!いやあああぁぁぁぁっははははは!!!」

「お姉さま、残り60秒よ。あれを――」

「ふふ、それじゃラストスパートね。カウントダウンしてあげましょうか♪」

「え、お姉さま……わかりました。お姉さまがそのつもりなら。その代わり私も全力でくすぐるから覚悟しなさい!」

何かを悟った様子の美希先輩が、足裏をくすぐる力を一気に強める。妹は両方の足裏を、姉は太ももを。もう搦め手も言葉責めもなく、ただただ私の下半身を姉妹二人がかりの容赦のないくすぐり責めが襲った。

「48、47、46、45……」こちょこちょこちょ…

こちょこちょこちょこちょ…!!

「きゃあ゛あ゛あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっははっっはっははッ!!!うあああああっははははははははんはんんんああああああいやああああああああああぁぁぁぁぁっぁ!!!」

60秒がとてつもなく長く感じる。数秒おきに、もう降参したいと心が悲鳴を上げていた。それでも。

「負けないんだからあああああああ゛あ゛あああああああああはははははははははあははは!!!!」

私の負けず嫌いはいつも、結果を認めてくれる人の顔が思い浮かぶと何倍にも膨れ上がる。今この場には、私と運命を共にした先輩が、私の身を案じて駆けつけてくれているのだ。

「10、9、8、7……お姉さま、どうしましょう!?」こちょこちょこちょ…

「ぎゃああははははっ降参はっしませんんんきゃああはっはっ!!!」

「3、2、1……ゼロ」

ピピピッピピピッ

スタートから10分が経過したことを告げるタイマー音が鳴り響き、姉妹のくすぐりは止まった。


2

カチャッ

両手の手錠拘束が解かれ、上げ続けていた腕がようやく降ろされる。

「はぁ……はぁ……」

全身くすぐりの余韻でガクガク震え、蓄積された疲労でへとへとになった私はソファに倒れ込み、頭と腕をだらんと垂らして乱れた呼吸を整えていた。

「お疲れ様でした。私たちはあなたから力づくで情報を聞き出すことができなかった。取り引きに応じますわ」

「……はぁ……はぁ……本当、ですか?」

「そういう約束ですから。私は嘘はつきませんわ」

「最後の手段を使わなかった……お姉さまに感謝することね」

「美希さん、その話はまた今度に。まずは、まりなさんに情報を提供していただいて、それが価値のあるものであればまりなさん達の写真は破棄、号外の内容の差し替え。忙しくなりますわよ」

「そうですね、お姉さま。最終下校時刻まで時間がないわ。早速取材に移らせてもらおうかしら」

「……はぁ……はい……実は……」

もとから決まっていたこととはいえ、10分間守り抜いた秘密を終わった途端に呆気なく喋るというのも何とも言えない気分だった。

「ああ、ちょっと待って。私たち新聞部の正式な取材には、ちょっとした”やり方”があるの」

喋り始めた私を制止して、美希先輩はポケットから携帯型のボイスレコーダーを取り出した。ずいぶんと古めかしいフォルムに見える。


「これは”真実しか録音しないレコーダー”なの」


何よそのド〇えもんの秘密道具みたいな出し方、と思ったけれど疲れているので口にはしない。

「いや、秘密道具かよ」

と思ったら和泉先輩が突っ込み、美希先輩にキッとにらまれていた。

「はじめに言いましたわよね。私たちの部室では、誰も嘘をつけないと」

「新聞部なんかやってるとね、毎日のようにデマや、適当な情報を持ち込んでくるやつがいるもんなのよ」

「面白半分、嫌いなアイツを陥れたい、フラれた腹いせとか、人間って本当に身勝手な生き物ですわよね」

「学園のジャーナリズムを司る笑来新聞に情報を載せろというのであれば、それ相応の覚悟を持ってもらわないといけないの!」

交互に語る藤田姉妹。言っていることは分からなくもないけれど、いまいち状況が掴めない。

「時間がないから簡単に説明すると、持ち込み情報に関しては、このレコーダーに録音されたもの以外真実とは認めないってことよ。で……」

そこまで言うと、美希先輩は先ほどまで私の両腕が吊られていた鎖の先端に、ボイスレコーダーを器用に紐で括りつけた。

「あなたにはこのレコーダーの録音ボタンを押した状態で喋ってもらうわ」

「え、私が押すんですか?」

「そう。このレコーダーはちょっと古いタイプでね、録音ボタンは一度押したら終わりじゃなくて、押し続けている間しか録音されないの」

「レコーダーに録音されていない情報。本人以外が録音ボタンを押した場合。ソファからお尻を上げた場合。これらは全て真実とは認めません。それが我が部の決まりですわ」

「それってつまり……」

このソファに座った状態で、頭上のレコーダーの録音ボタンを私自身が押し続けるということは、私は少なくとも片手を常に上げた状態になる。藤田姉妹のことだ。また何かよからぬことを企んでいるに違いない。

「???」

話が見えないといった様子でポカンとしている和泉先輩をしり目に、美希先輩がスマホのタイマーをセットする。

「持ち時間は3分よ」

「なっ」

「まりなさん、はじめに言ったように、これは強制ではありませんわ。嫌なら今すぐ帰っていただいてかまいません。その代わり、号外記事の内容は予定通りに」

「わ、わかりました……わかりました。やります!」

私は観念して、右腕を上げて頭上のレコーダーの録音ボタンを押した。


3

「それじゃ、取材スタートよ」

「えーと、1年A組の箕咲まりなです。私は化学基礎の問題集を……きゃあっ!!?」

喋り始めてすぐ、無防備に晒された右の腋を背後にいた真希先輩にくすぐられる。私は反射的に右腕を下ろしてしまい、録音ボタンから手が離れる。

「ちょ、ちょっと……! それ、あはは…ずるい!!」

「あら、私たちが妨害しないなんて一言でも言ったかしら?」

「これじゃ……くふふっ、取材にならないじゃないですかっ!」

「真実に対するあなたの覚悟を試しているのよ♪」

私の固く閉じた腋の下に挟まれた真希先輩の指は、なおもモゾモゾと動き続けている。私は右腕にギュッと力を込めてくすぐったさを最小限に抑えつつ、もう一方の左腕を上げて録音ボタンを押した。

「ひゃうっ!! あはははっあ……あ! ああ!!」

もちろんそれはすぐに咎められ、左の腋もくすぐられてしまう。

「くふふっ……私は……化学の、ふっくく……も、もんだい……」

しかし今度はすぐには降ろさない。自らの意思で真希先輩へと差し出されたガラ空きの腋の下から、くすぐったい刺激が容赦なく送り込まれる。

「もんんふふふふあっははは、もん、問題集を忘れてえ……あははは、くふふっ…先生にっ……さはっ……あふふっ」

私は懸命に笑い声を我慢して録音を続けるが、くすぐったさで頭がうまく回らず思うように喋れない。そして……

「花先生にぃぃやあああはははははははっはっはっはっはっは!!ダメぇッッ!!」

絶え間なく送り込まれ続けるくすぐったさに私は我慢の限界を迎えて、左腕も降ろしてしまった。固く閉じた左右の腋の内側で、真希先輩の指が窮屈そうにもぞもぞと動くのを感じる。

どうしよう。左右どちらかだけでも腕を上げて、録音を続けなくては……そう頭では思うものの、身体の方はくすぐったさを拒否し、腋に込めた力を緩める決心がつかない。

「ほらほら、どんどん時間が減っていきますわよ♪」モゾモゾモゾ…

「ううう……くふふふ……ふふ……」

タイマーに表示された残り時間は無情に減り続けていく。

「ほら、残り2分……1分55秒……このままでいいのかしら?」モゾモゾ…

真希先輩は閉じた腋に食い込ませた指を絶え間なく動かしながら、耳元で残り時間を読み上げる。精神的にも追い込むつもりだ。

録音を再開するためには、腋のガードを自ら解くしかない。

「……くふっ……うぅ、負ける、もんですか……!」

恐る恐る右腕の力を緩めてみる。途端に自由度を増した真希先輩の指の主張が強くなる。

「あああっ…くっ、ひゃぅん……」

この刺激に晒されて冷静でいることなど到底できない。私はただ目的意識に突き動かされる形で勢いよく右腕を上げ、録音ボタンを鷲掴みにするが……

「きゃああはははははっやっぱり無理いぃぃぃ!!」

全開になった腋の周りを5本の指が好き勝手に踊り、私は1秒も耐えることができずまた腋を閉じてしまった。

「残り1分20秒よ♪ こんな調子で大丈夫なのかしらー?」

先ほどの尋問のように拘束されて腕を降ろせない状態でくすぐられるのも辛かったが、今回は守ることが出来るにもかかわらずその権利を自ら放棄しないといけない。これは想像以上にきつかった。

「くふふっ……はぅぅぅ……」

しばらく膠着状態が続いたが……ふと、真希先輩の左手の動きが少し緩慢になっているように感じた。今しかない! そう判断して勢いよく左腕を上げる。

「待ってましたわ♡」ぐにぐにぐに

「きゃあああああああああああはははははははははっっっ!!!」

左の腋の下を掴まれ揉み解される。判断が甘かった。私は慌てて左腕を降ろしてガードを固める。

そ、それなら……くすぐったくて余裕のない頭を振り絞り、なんとか状況を打破しようと試みる。

「左ッ……くふっ……今から左腕を上げますっ!!」

高らかに宣言し、その直後に右腕を上げてボタンを押す。

「花先生にりきゃああああああああああははははははは!!!」

お粗末なフェイントとはいえ一瞬でもボタンを押し続ける時間を延ばすことができればという作戦だったが、そんなことはお見通しと言わんばかりに右の脇腹から腋にかけて大胆に撫でまわされてしまう。

隙などないのだ。私が何か行動を起こすたびに、この”取材”における力関係がはっきりと示されていく。

「残り30秒よー?」モゾモゾモゾ…

「そ、そんなっまだ全然……!」

これまでに何度か録音ボタンを押しているはずだが、喋っている時間よりもくすぐりを防ぎ堪えている時間の方が長く、いったい何をどれくらい録音できているのかまったく分からない。

「箕咲さん!」

不意に、和泉先輩に呼びかけられる。

「くふふ、せ、先輩?」

「文章じゃなくていいんだ! 固有名詞と、無視できないキーワード。この2つだけを叫んで!」

「余計な入れ知恵するんじゃないわよっ!」

美希先輩がまたキッと睨みつける。

入れ知恵という点は、それほど重要ではなかった。私自身、残り時間が少なくなった時の第二プランとして、まさに和泉先輩と同じことを考えていたからだ。それよりも、このタイミングで声をかけてくれたことが嬉しかった。決心がつく。

私は右腕を上げて録音ボタンを押した。激しいくすぐったさに晒される。

「は、はあああっはっはっは、佐橋花せんせいがああああっはっはっはっは!!!あああっはっはっはっはははは!!!」

右腕を降ろして真希先輩の手を押さえつける。

「あと10秒よ」モゾモゾ…

「はぁ……はぁ……ふふふ……ふぅ……」

私は最後の力を振り絞って左腕を上げ、録音ボタンを押した。もちろん予想通りすさまじいくすぐったさに襲われる。

「あああっははははは!!たいばきゃあああ!!!???いやあああああああああああっはっはっはっは!!!!!」

あと一文字。肝心な一言。「体罰」という言葉を発しようとしたその瞬間、わけが分からないほどのくすぐったさを感じて私の手は録音ボタンを離れてしまった。

腋をくすぐっていた真希先輩の手が突如二の腕を滑り、それと同時にこれまで静観していた美希先輩の指が私の太ももを引っ掻いていた。どちらも先ほどの尋問で明らかとなった私の弱点だった。

「はい、時間切れ~♡」

「残念だったわね♪」

愉快そうな美人姉妹に見降ろされ、私は絶望に打ちひしがれていた。


4

『……佐橋花先生が……たいば……』

レコーダーの再生ボタンを押したり巻き戻したりしながら、藤田姉妹が口を開く。

「佐橋花先生、学園で大人気の理科の先生ね」

「たいば……たいば? ちょっと意味が分からないですわね。前半も「化学」とか「呼び出し」とか言ってるけど、文脈がめちゃくちゃで使い物になりませんわ」

「やっぱり今日の号外は、まりなさんとそこのモブ男のスキャンダルで行くしかないようね」

「そんなっ! 待ってください!」「待って!」

私と和泉先輩が顔面蒼白で叫ぶ。

「僕だって当事者だ! 僕からも話を聞くべきだ!」

「いや、あんたには興味ないし」

「別にまりなさんからも当事者としてお話を聞いているわけではありませんわ。取り引きしたいというから乗っただけです」

「それなら僕とも取り引きしてくれ!」

「もう時間ないのよ。わかる? じ・か・ん!」

「……そうですわねえ、和泉くんと遊んでる時間はありませんけれど、まあどうしてもというなら」

「えー、お姉さま。特別オプションもやるんですか? こんなモブと?」

「特別オプション!? やる!」「やらせてください!」

僅かにでも希望がありそうな単語の登場に、私と和泉先輩が同時に食いつく。

「ふふ、まりなさんの反応が楽しみですし、特別にチャンスをあげますわ♪」

「もう、しょうがないわねぇ……」

真希先輩が「ルールは簡単ですわ」と人差し指を可愛らしく立てて説明する。

「今から和泉くん、あなたをくすぐって、声を出さずに堪えられた分だけまりなさんの取材の持ち時間が復活するというゲームよ。もちろんその後の取材のルールはさっきと一緒」

「……なるほど、僕が出来るだけ長く声を我慢すればいいんだな」

確かに単純明快なルールだ。

覚悟した様子の和泉先輩……しかし私は躊躇った。だって。

「だ、ダメです先輩! だって先輩はついさっきまで理科準備室で上履きにくすぐられてて……」

「いいんだ。僕は大丈夫。でも……これ以上箕咲さんに辛い思いをさせるわけにはいかない。その後の取材も僕が受ける!」

「先輩……」

「ダーメ♡ これはあくまで特別オプション。私たちは”まりなさんと”取り引きしているのですわ。これが飲めないなら救済はナシですわ」

「そんな!」

「先輩、私なら大丈夫です! 先輩が耐えるなら……私だって耐えます!」

そうだ。私たちは理科準備室で写真を撮られた時から運命共同体なのだ。お互い変に気を遣い合っている場合じゃない。ここは何としても乗り切る。明日からの学園生活がかかっているのだ。

「ふふ、この二人。とっても面白いと思いません、美希さん?」

「お姉さま、さては途中から趣旨が変わって……」

「さ、お話はまとまったかしら? 和泉くん、覚悟が出来たらそこで万歳してくださる?」

「……わ、わかった」

和泉先輩が言われた通り両手を上げると、その右半身に真希先輩が密着して寄り添い、右手を和泉先輩の腋に、左手を腰にあてた。

「ふふ、それでは特別オプション……」

左側には気乗りしない様子の美希先輩が少しだけ距離を置いて、片手を伸ばせば和泉先輩の身体に届くくらいの位置に立った。そしてその手には……

「私は気持ち悪いから手袋付けさせてもらったわ」

黒い薄手のゴム手袋が装着されている。

「スタート♪」こちょこちょこちょこちょ…!!

真希先輩の合図で、藤田姉妹が和泉先輩を左右から挟んでくすぐり始めた。

「ッ…………!!」

姉妹のくすぐりは最初から全力だ。見ているだけでくすぐったくなりそうな責めに、声は出さず全身をくねらせて抵抗する和泉先輩。

「あ、言い忘れてたけど一歩でも足を動かしたら失格ですわよ♪」

「………………ッッ…!!?」

真希先輩はその反応を楽しむように、和泉先輩の上半身の動きに合わせて逃げる先へ、逃げる先へ、と追い詰めるように両手を這わせる。

「ふふ、楽しそうに踊っちゃって。機械仕掛けのお人形さんみたいですわね♡」こちょこちょこちょ…

「うえー気持ち悪い」カリカリカリ…

美希先輩は手袋をはめた右手を嫌そうに伸ばして、私の足裏にそうしたように、和泉先輩の脇腹を単調にカリカリと引っ掻き続けている。気だるげなくすぐり方だが、和泉先輩がどんなに身を捩っても一定の距離を常に保って同じ場所を淡々と責め続ける。

「ッッッ……!!!」

美人姉妹に囲まれ好き放題くすぐられて身体をくねらせる和泉先輩を目の当たりにして、私は無性に……落ち着かなかった。

「せ、先輩! もう、ギブアップしてください!」

「くすくす、まりなさんったら、可愛らしい子ね♡」こちょこちょこちょ…

「な、何の話ですか!」

「はあ。私はいったい何を見せられてるのよ。なんかバカバカしくなってきたわ」カリカリカリ…

「じゃあ、まりなさんのお望み通り早めに終わらせてしまいましょうか♡」

やけに楽しそうな真希先輩と、呆れ顔の美希先輩が呼吸を合わせてラストスパートをかける。二人の手の動きは更に激しさを増し、和泉先輩の顔に「限界」の二文字が浮かんできた。やがて……

「………………くっぐひゃあああああっはははっはっは!!!! ぎゃあああああっはっはっはっはっは!!!!」

和泉先輩が大きな笑い声をあげ、姉妹のくすぐりはそこで止まった。ずっと息を止めていたのだろう、先輩は床に倒れ込んで必死に酸素を取り込んでいる。

「ふふ、ぼーっとしてる暇はないですわよ、まりなさん。和泉くんがゲットした追加タイムは25秒」

「この時間で私たちが有益だと思える情報を喋れなければ本当に終わりよ」

先輩が身体を張って手に入れてくれた25秒。これを無駄にするわけにはいかない。呼吸を整える和泉先輩の姿を前に、私の負けず嫌いに火が着き……美人姉妹に左右から身体を撫でまわされて最後には大声で笑わされてしまった先輩の姿を思い出し……なぜかどす黒い炎と化した。


「どこからでもどうぞ」

私は両手を上げて録音ボタンを押した。


「ま、まりなさん……? お姉さま、何かこの子雰囲気おかしく……?」

「に、25秒ですわ。行きますわよ? スタート」

スマホのタイマーが動き始め、二人の手が私の身体を這いまわった。

「……理科の佐橋花先生は体罰をしています。理科準備室を私物化していて生徒を監禁することもあります。恐らく常習的です。これは深刻な問題だと思います」

10秒ほどで、話し終わった。そこで義務感から解放された私は我に返り……

「い、以上ですっ! もういいです終わりできゃああああああっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

残り15秒、ありとあらゆる弱点をくすぐり回されて声の限り啼かされた。

無駄に長く声を我慢した和泉先輩には後で絶対に”私からの”お仕置きが必要だと心に決めた。


5

「なるほどねえ」

「どう思います、お姉さま?」

「確かに、花先生は学園でトップクラスの人気教師ですわ」

「でも、本人あんまり自覚ないみたいだけど、まりなさんも相当の有名人よ。うちの学園の入試で満点合格なんて、滅多にないもの。旬という意味ではまりなさんの方が上かも」

「そうですわねえ」

「ま、相方の方はパッとしないけどね!」

またキッと睨まれた和泉先輩に「僕、なんか悪いことしたかなあ」と小声で耳打ちされ、私もよくわからないので曖昧な笑みで返す。

「たしかに、学園内での最大瞬間風速を狙うならまりなさんのスキャンダルで行くべきですわね」

部室内に緊張が走る。

「でも……」

「でも?」

「体罰は社会問題ですわ。上手く仕掛ければネットニュースやワイドショーでうちの新聞を引用してもらえるかも」

なんだかきな臭いことを言う……。

「前々から思っていたの。学園の生徒や教師だけでなく、PTAや理事会、近隣住民なんかにも影響力のある新聞部にしたいと」

「それじゃあ……!」

「ただ、情報が足りませんわ。常習性というのもまりなさんの印象に過ぎませんし、不確実なところが多い」

「科学部で普段活動していても、佐橋先生の裏の顔には気づけなかったなあ」

ナチュラルに会話に入っていく和泉先輩。

「科学部部長の九条さんなら何か知っているかも知れませんわね……わかりました。あなた達の写真は破棄しましょう」

「やった!!」「ありがとうございます!!」

やり遂げた。私と和泉先輩はようやく緊張から解放され、「はぁ~~」と安堵のため息を漏らした。

「ふふ、その代わり、条件があります。あなたがた二人にはしばらくの間、引き続き私たち新聞部に協力してもらいますわ」

「「え?」」

「まりなさんの告発の裏を取ります。お二人には私の指揮下に入っていただくわ」

こうして、奇妙なチームが発足したのだった。


***

時刻は午後7時。

最終下校時刻が間近に迫った私立笑来学園に、新聞部から号外が撒かれた。

その見出しには「入試満点合格の新入生、箕咲まりな(1-A)、科学部に入部」とある。

生徒たちの反応は様々だ。

「へー、そうなんだ」「まあそんなイメージあるー」といった素朴な感想が大半で、「うちの部で狙ってたのに!!」「科学部入ったらお近づきになれるかな?」などの声もちらほら聞こえた。

一方、学園内のいくつかの教室にて、この号外を片手にニヤリとほくそ笑む”何人かの”姿もあった。

「これからが本番よ、箕咲まりなちゃん。それと……」


第一部・完


(続きます!!!)


【お知らせ】

FANBOXにおまけ短編や後日談など載せています!

フォロー・ご支援いただけるととても嬉しいです!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?