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高次の存在にサポートを頼むときと望む現実を引き寄せる際のコツの違い

昨日「なるほどねぇ」と思ったことは、高次の存在にサポートを頼むときは「助けて!」だけでよくて、望む現実を引き寄せるときは「詳細に描く」という、この違いはなぜか?ということ。

なぜ違うのか。

どちらかといえば、高次の存在にはあれこれ詳しくリクエストしたいし、望む現実の場合は例えば自転車が欲しかったら「いい感じの自転車」的なイメージになりやすい。なのに、逆。高次の存在には「助けて」とシンプルに用件だけ。自転車は「色は白で電動でメーカーは〇〇の最新モデル」などと詳しく描く方がいい。

大事なポイントなのに、なぜこちら側が思うものと逆になってしまうのだ?と思っていたら「“助ける”は自分がするものじゃない。でも“望む現実”は自分が手に入れるもの。だからコツだって違う」とメッセージ。

そのメッセージを受け取り膝を打つ。なるほど。

自分がやらないのにあれこれリクエストするのは、いささか図々しくていかがなものかと思うし、自分ができないから頼むわけなので、所詮自分が考えるやり方では解決できないからこそお願いするわけなので。変に色々リクエストするとそれがかえって“制限”になってしまう。だから、もう「助けて」だけで十分なんだな。むしろ「〇〇な方法で助けて」などとリクエストして、そのやり方だとかえって時間がかかるぅ〜、みたいになったりしてもイヤだしな。

逆に自分のことなのに、つまりは『自分が望む現実』なのに「いい感じでよろしく!」的なイメージしかできないなんて、そりゃ「やる気あんのか?」って話になるよな。その程度なんだね、と思われて適当に済まされても文句言えないか。というか、それが自分が自分に対する態度というか格付けだからその程度のものしか手に入れることができないんだろうな。

なるほどね。…とまぁ、理解できたわたし。

でも、もっとよく考えるとこれは「素直な人」とか「一般向け」などの『但し書き』がつくような気がしてきた。これ、実は『ただし素直な人に限る‼︎』みたいなのがあるとみた!

なんという落とし穴〜っ‼︎ 

私は人より素直じゃないし「一般的」というよりは「個性的」。なので、このコツをベースに自分用にカスタマイズした方がもっと私にとって使えるコツになるというのが、私の結論。私はとても不器用だから、さらに言えば素直でもないからね。たはは。

うん。そりゃそうだよな。だからこそ『自分を知る』って大事なんだな、と思いました。とさ。

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