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『ひとりぼっちの地球侵略』V/W

~プロローグ~

 リムジンから窓の外を眺めていても、日本の冬が存外に長いことはすぐに分かった。
 日本に来てからというもの、四季(特に夏)に散々翻弄されていたアイラだったが、冬に限って言えば自分の故郷よりも格段に過ごしやすかった。ただ、夏の猛烈な暑さに比べると随分と冗長に感じる。年を越してからは雪が降ることもあまりなく、すぐにでも春に移ろうのかと思えばそうでもない。話に聞いた桜を見るにもまだまだ時間がかかるという。
「ふぅ……」
 思わず軽い溜息が漏れる。どうにも気分が晴れない理由はこのぬるくだらだらとした冬のせいだけでもない。

 ゾキとの戦いが終わり、凪の葬式が済んでからそれなりに日にちが経過した。港からの新たな襲撃はなく、大鳥希は傷を癒やすため眠りについた。油断はできないが、希の判断を信じるのなら当分星団連にも動きはないのかもしれない。一つの決着がついた一方で、失うものも大きかった。戦闘に巻き込まれた松横市街は未だに復興作業が続いている。ゾキの攻撃によって犠牲になった人々もいる。それらに関する記憶や記録は10年前のように希が消し去ったが、「親しい誰かがいなくなった」という喪失感は残された人同市で共有し、乗り越えていくしかない。

 希や岬一、龍介と共に凪を見送ったように。

「……」
 そう、龍介だ。龍介と会う機会をあれから用意できないでいることも、アイラの気持ちを沈ませていた。凪がゾキとして岬一たちの家を離れたのを最後に、龍介が凪と再会することはなかった。それ自体は致し方のないことだったが、その龍介を自分は結局最後まで騙し続けてしまった。凪は結局入院したまま亡くなったことになっている。龍介や彼の祖父にとって、その可能性は常に脳裏にあった筈だ。アイラたちはそれを利用する形で凪の死の真相を偽装したのだ。そこに罪悪感を覚えないでいる方が難しかった。ましてや、そこから彼の目を逸らすために……までしてしまった自分としては……自分としては……。

「む、むぅぅ……」

 リムジン内で赤面しても誰にも見られないことが唯一の救いだった。ピョートルも運転に集中している。

 無論先程の三点リーダーに収まる単語は「キス」である。それの意味するところは明白で、龍介だってそちらにはちゃんと気付いている。問題は、そこにどのような決着を付けるかだった。というか自分からやっちゃったので説明責任は自分にある。あるのだが……どうすればいいのだろう……。
 凪の葬式の際に再会することはできたものの、親族である龍介は当然ながら忙しくまとまった会話をする暇もなかった(リコがあの場に居合わせたのも大変気まずかった)。すぐにでも次の機会を用意したかったが、罪悪感や責任という意識が重く、どうしても前向きにチャンスを掴もうと思えなかったのだ。

 そんなこんなで後ろめたさに苛まれながら、三学期の学校へと、希のいない青箱高校へとアイラは今日も向かっていた。気持ちを切り替えるために窓の景色に再びを目を移す。
 すると復興中の町並みに、いつもとは違う街頭広告が目に付いた。

「……バレンタイン……?」

 よくTVCMでも見かける大手製菓会社のものだった。ピンクを基調とした華やかな色彩と胸の大きい女優(どことなく覚えた劣等感は全力で無視する)、そして彼女が片手に持つハートマークのチョコレート。「特別な気持ちを込めて」という宣伝文句がそこには踊っていた。

「へぇー、アイラちゃんの国ってバレンタインに送るのはチョコじゃないんだー」

 教室での休み時間、クラスメイトの加村や堀井たちに質問すると文化の違いに驚くような反応がまず返ってきた。生憎アイラ自身にはそんな異文化交流に付き合う暇も無いので、とっとと概要だけを聞き出すことに専念する。

「まぁ……こっちはカードとか送ったりするけど……そうじゃなくて、女性が男性にチョコを送るって日なのね? 日本では」

「そう! 2月14日が女性から男性にチョコを渡すバレンタインデーで、翌月の3月14日に男性が女性へお返しを送るの。こっちはホワイトデーって呼ばれてて、飴やクッキーを渡す。ここまでが一連の流れになってるワケ」

「海外だとバレンタインデーってこういう感じじゃないんだっけー。じゃあ義理チョコとか本命とかも分からないんじゃないかなー?」

「いえ、親しい人にも送るときは送るわね。そこの感覚はあんまり変わりないかも。で、聞きたいんだけど」

 アイラはずいっと身を乗り出した。次の授業が始まるまであまり時間もない。既に頭の中でプランは組み上がりつつあるが、取り急ぎここでは最大の懸念事項を片づけなければならなかった。

「その、日本のバレンタインデーって絶対にチョコでないとダメなの? 甘いもの苦手な人とかいるんじゃない?」

「…………」

 不意に訪れる沈黙。一瞬にして全員の目がアイラへと向かう。

 なんだ……? いや、しまった――!

「「「ははぁ~~~~~~~」」」

 最近彼女らから教わったばかりの「姦しい」という日本の言葉が頭をよぎる。他に相談相手がいなかったとはいえ、察しの良い堀井もいる場で話したのはまずかったか……!!

「よーし、アイラ・マシェフスキーちゃん」

 改まった口調で加村が肩を叩いてくる。口元がニヤついている。

「明日の放課後、予定がなければ家庭科調理室へ来たまえ……というかアイラちゃん部活もバイトもやってないし、基本予定ないよね? 来るのだ!」

「いや、悪いけど断らせてもら――」

「さっきの質問には調理室で答えてあげるからー。アイラちゃんにとっては大事な質問なんだよねー?」

「なっ……」

 図星である。ぐぅの音も出ない。

「堀井しゃんえっぐいな……ま、まぁ私たちも右に同じということで!」

「大丈夫、悪いようにはしないから! ね?」

 青井と加村も堀井に同調してしまった。相も変わらずノリで生きている奴らである。

「だーかーら待ちなさいって! 調理室で一体何を――」

 キーンコーンカーンコーン。
 無情にもチャイムが鳴り響く。休み時間に加村たちから必要な情報だけ聞き出して煙に巻く作戦は敢えなく失敗に終わった。

「そんじゃあ後でまたよろしく! 詳しい内容とか持ち物は後で伝えるから!」

そそくさと自分の席に戻っていく青井たち。のんびり屋の堀井が遅れて後を追いながら、そっと耳元へ囁いてくる。

「日本のチョコの渡し方とか、今どきのトレンド、明日なら教えてあげられるからねー」

残酷な微笑みを残して彼女も席に着いた。先生の足音が廊下から近づく中、アイラはそれでも吼えずにはいられなかった。

「冗談じゃないわよアンタたちーっ!!!」

こうしてアイラの予定表がまた一つ埋められる。家庭科調理室へと集うのは2月13日の木曜日。その翌日のスケジュールについては、いまだ空白のままだった。









2023年エイプリルフール企画

『ひとりぼっちの地球侵略』二次創作


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