見出し画像

森のサウンドシェルター

黒姫ヒーリング紀行 ②

森のサウンドシェルター

3年前の2016年10月、私は、1泊2日の森林セラピーツアーに参加しました。

「森林メディカルトレーナーと過ごす2日間 森を感じる休日 アファンの森と癒しの森」主催は、信濃町森林療法研究会「ひとときの会」新月プロジェクトです。

 

宿泊先のペンションもぐに集まったのは、女性5人。森林メディカルトレーナーのリエちゃんとおとうちゃんが笑顔で私達を迎えてくれました。 

ツアーでは、お互いに親しみを込めて、森のキャンプネームで呼ぶそうです。非日常の扉を開く鍵のようなものでしょうか。

まずは自己紹介。

「私は、夫とふたりでやっていた仕事を、55歳でリタイアして、やっと少し心身のゆとりができました。思い立って整体の学校に通って、第二の人生をはじめたばかりです。年をとってからの学びって本当に楽しいものだなぁと実感しているところです。今日は初めてのひとり参加で、ドキドキしています」

 私は少し緊張しながら口火を切りました。

続いて、クロモジちゃんと、つゆくささん。おふたりは、野尻湖での森と満月のセラピーがご縁で意気投合し、旅友だちになったそうです。4人目は、高原の植物が大好きな、ガーデンセラピストのハイジさん。そしてレモンさんは、メンバーの中では最高齢。海外の旅行者のための民泊を開業準備中だそうです。

これ以上の詳しい内容にはあえて触れませんが、皆さんの真摯で率直な話しぶりに、味わいのある人生を垣間見させていただきました。素敵な出会いになりそうな予感を覚えつつ、いよいよ森へ。

 

「アファンの森」は、作家のC・W・ニコルさんが30年以上愛情を注いで蘇らせた森です。特別の許可がないと入ることはできません。

おとうちゃんを先頭に、晩秋の森をゆっくり進みます。紅葉した木々は落ち着いた明るさがあり、青空とのコントラストが絵葉書のようです。足元には落ち葉やどんぐりが重なり、カサカサ・ポキポキ・ザクザク…静かな森に6人の足音が響きます。


樹皮に触れる。湧水を飲む。丸太のベンチに寝ころぶ。どんぐり集めに夢中になる。好みの木をハグする。お互いを見失わない程度に離れて歩いてみる…。

やがて、たそがれ時になると、光の量がまたたくまに変化し、ある瞬間、昼の森はすっと沈んでいきました。入れ替わりに、なんとも言えない重い質感で、夜の森が立ち上がる気配に包まれました。それほど寒くもないのに、思わず身震いし、火が切実に恋しくなりました。

その気持ちが伝わったかのように、おとうちゃんが手際よく焚き火をおこしてくれました。

そこは、サウンドシェルターという場所でした。丸太で組んだ、かまくらのような囲いの中はベンチになっています。薪も積んであり、ここなら雨風をしのげそうです。

前方に石組のかまどがあり、安全に焚き火をすることができます。

トレーナーのみっちゃんが用意しておいてくれた、温かいお茶と手作りのお菓子をいただいたら、お腹も気持ちもほっこり。ハンモックに寝そべったり、木のブランコに揺られたり、子供のように思い切りはしゃいで、森の遊びも満喫しました。

 

「焚き火っていいなあ。もう少しこのままいたいなあ。もしここで一晩明かしたらどんなかなあ… 」

炎のゆらぎと薪が爆ぜる音を心地良く感じながら、私はそんな空想をしてみます。

独りではないし、この森を隅々まで知っているトレーナーさんがいてくれるのだからきっと大丈夫。でも、ひふはぞわぞわし、筋肉は少なからず緊張している気がします。

森は、動物たちの棲む場所です。毒や棘で身を守る植物たちも生える場所。私達は今だけ、時間限定の恩恵を受けてここにいます。うかうか近づくことは許されない畏怖のようなものを、肌のざわめきとして感じていたのかも知れません。

 

私は、以前、あるエンターテイメントに興味を持ち、友人と参加したことを思い出していました。五感を目覚めさせ、身体感覚を研ぎ澄ませて、コミュニケーションを豊かにすることを目的とした企画です。

都内のビルの地下に人工的に作られた真っ暗闇の空間を、視覚障害者のサポートを受けながら探険するイベント。それはまるで遊園地のアトラクションか、ゲームの世界に紛れ込んだような、あっという間の異空間体験でした。枯れ葉を踏んで細い道を歩き、小川の橋を越え、藁の山に寝ころび…というように、行動は今回の森林セラピーと似ているのです。

けれども、私の実感では、ほんものの森の夜と、演出されプログラミングされた仮想の暗闇とは似て非なるものでした。

森には生き物たちのリアルな気配があります。獣の糞の匂いを風がかたまりで運んできます。サウンドシェルターには、遠くの音も集まってさんざめいています。壁に背中を預けて座っていると、背後が守られている安心感と、視野が広く確保されている開放感を同時に感じることができるのでした。

 

「例えば大きな災害や戦争があって、ひとりっきりで森の中でサバイバル生活をしなくてはならなくなったとしたら?」

私は、おとうちゃんに質問してみました。おとうちゃんならば、どのくらい森で生き延びられますか、と。

「季節にもよりますけど。この森なら、3ヶ月くらいは平気で生きていけると思いますよ。食べられるものもたくさんあるし。ひとりでいることに全くストレスを感じない質(たち)ですし」

その答えは、私の想像を超えていました。ひょろりと細いおとうちゃんが、熊の毛皮をまとった逞しいマタギに見えてきたことは言うまでもありません。

 

私達は、アファンの森で思いのほか長い時間を過ごしていたようです。ついに焚き火を消す時がきました。森の出口には、ペンションもぐさんの車が待っているはずです。そして宿に戻れば、温かいご馳走と熱いお風呂! 

なんとありがたいことでしょう。

 

足元が暗いので、私は持参した懐中電灯を点けようとしました。すると、おとうちゃんはやんわりと私の動きを止め、

「…このまま歩いてみましょうか」

と、言いました。

天井のない空は宇宙に開かれています。月はなく星明りだけ。蒼く澄み渡った世界に佇んでいると、自分のからだも青く溶け込んでしまいそうになります。

空気はしんしんと冷えていきます。歩き始めた私達は、なんとはなしに、誰とはなしにくっつきあっていました。初対面の遠慮は消えてなくなり、いつの間にかぐっと近づいていました。

私は、レモンさんと右手をつないで、ハイジさんと左腕を組んで、つゆくささんとクロモジちゃんのすぐ後に続きます。みんなの温もりがじんわり嬉しくて、満ち足りた思いがこみ上げてきました。

 

「いつか、うたどりさんやこじかさんとも、夜の森をこんなふうに歩いてみたいな…」

私は心の中でそう思いました。見えない友人たちも、きっと心から楽しんでくれるに違いないと…。

 

ツアー2日目は、癒しの森の御鹿池周辺をゆっくりと歩きました。

歩いた時間よりも、思い思いに立ち止まったり、座ったり、寝ころんだりしていた時間のほうが長かったかも知れません。からだの力を抜いて、ほがらかに寛いで、大きな存在に心を預けている自分を感じながら。

私達は、この2日間を通じて、親密で深い対話をたくさんしてきたような気がします。5人の交流は今でも続いています。

森は、心身を癒やすだけでなく、人と人とを結びつける不思議な力を持っているのかも知れませんね。

 

雨のひかり

 

森の中で寝ころび 空をみあげると

視界いっぱいにきらきらした光の粒が

音もなく舞っていた

 

にじんだ金の紙吹雪のように

ラメ糸のように

雲母の粉のように

まるでめまいの前兆でもあるかのように

きらきらした光の粒が

音もなく舞っていた

 

黒姫山を隠している雲が風に流されて

御鹿池の森を白く薄く包む

ごくわずかに

霧雨がわたしに降りそそいでいる

雲のひとところに光が集まり

おひさまの居場所を教えている

 

しずかで

あたたかくて

まもられていて

もう

このまま

ここでじっとして

雨のひかりを全身に受けていたくなる

 

わたしはホコリタケ

誰かがつんつんと触れてくれたら

ふっふーと胞子を飛ばす

その瞬間をずっと待っている

 

わたしはミズメザクラ

森の守り人(もりびと)が

その疲れたからだに樹皮を貼って癒される

その瞬間をただずっと待っている

待っていることさえ忘れて

 ツムギ 60歳・女性。
旅と本と、美味しいものが好きな整体師。
整体師歴4年

 (ロゴス点字図書館 月刊点字雑誌『あけのほし』2019年12月号掲載)

#創作室


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?