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謎のマシュマロサンド

黒姫ヒーリング紀行 ④

謎のマシュマロサンド



 坂木司の『夜の光』(新潮社刊)という小説に、あるお菓子が登場します。
 枝にさしたマシュマロを焦がさないように遠火であぶる。表面がきつね色になり、中がとろりと溶けたらクラッカーになすりつけ、そのうえに板チョコをのせ、さらにクラッカーでサンド。熱々をすかさず食す。
物語の主役は、天文部の高校生男女4人。それぞれに内面の葛藤を抱える彼らですが、天体観測会のときだけは伸びやかに解放されて、明暗のコントラストを醸し出しています。 
食材を持ち寄って斬新な方法で調理し、ことば少なに、満ち足りた様子で食べる。そんな、キャンプのハンゴウスイサンのような場面が何度も克明に描写されるものですから、お腹が空いて困る。まことに悩ましい小説と言えます。
 
「これ食べた!」
謎のマシュマロサンドの章を読んでいたとき、深夜でしたが、私は思わず声を出して笑ってしまいました。4月の「アファンの森」で焚き火を囲んでいたときの、
「ツムギちゃん、マシュマロこがしすぎー」
という、クロモジちゃんの弾む声が記憶の中から聞こえてきたからです。
 
2017年4月22日~23日、私は、信濃町森林療法研究会「ひとときの会」新月プロジェクト主催の「アファンの森と癒しの森~早春編」に参加しました。
森林セラピーツアーをご一緒したのは、こじかちゃん、クロモジちゃん、つゆくささんと、私・ツムギ。そして初対面のOご夫妻と、インド伝統舞踊家のサダさんの7人です。
 

森歩き1日目・象の小径


私たちリピーターの4人は、早めに到着し御鹿池周辺を散策。少し寒かったので、この日の宿であるペンションもぐのリビングでランチをいただきました。
キッチンアルム・長谷川さん特製の「春のサンドイッチ」は、朝採りの山菜を添えた車麩の照り焼きと、チキンソテーの2種。ボリュームたっぷりの春のご馳走です。こじかちゃんの手作りマドレーヌもおいしくいただき、準備万端。

午後、メンバーが全員揃うと、簡単な自己紹介とアセスメントのあと、早速、最初のプログラム「象の小径」森林セラピーの始まりです。
 
信州信濃町はまだ冬の気配が色濃く残り、野尻湖畔の「象の小径」も枯れた色合い。
「刻一刻と変化する森の様子。木の個性がいちばん見て取れる季節。はじまりの気配に満ちた森。それらをたのしんでほしい」
という、森林メディカルトレーナーのみっちゃんのことばに頷きつつ、「象の小径」に分け入りました。

歩き始めてしばらくは、野尻湖から吹き上げる風が凍えるように冷たくて、修行なの~? とつい弱音が…。ところが、林に入ると風が遮られて、乾いた落ち葉の層のおかげで足元から暖かく感じられます。ふるまいの熱いお茶のおいしかったこと…。

森のおとうちゃんの指差すほうを見れば、足元にはエンレイソウやカタクリが可憐な花を咲かせ、見上げれば木は肌の色を変え、腕を天に伸ばし、芽吹き始めています。
春爛漫の関東平野から来た私にとっては、時計が逆まわりしているような不思議な感覚。
 
この夜のフルコースディナーは、オーナーの惠子さんが、食卓の上に浅き春の恵みを豊かに演出。ひとしなひとしなが春をことほぐ歓びにあふれていました。
こごみと生ハムのサラダからスタート。こごみとふきのとうのキッシュ。こごみのくるみ酢味噌。行者にんにくのおひたし。こしあぶらの天ぷら。菜の花のポタージュ、と続き…。メインは、鯛のムニエル・バジリコバターソース&和風ビーフシチュー。信濃町産コシヒカリ。野沢菜漬け。蕗味噌。デザートには、自家製あんずのシロップ漬けのムース。
 
実はこの夜、つゆくささんの発案で、クロモジちゃんの誕生日を祝うサプライズパーティが準備されていました。
惠子さんが手作りしてくれたお祝いのホールケーキ。そのろうそくを吹き消すクロモジちゃんも、見守るつゆくささんも、とても輝いていました。
 

森歩き2日目・野尻湖御来光


私たちは夜明け前に早起きして、ご来光を見るために野尻湖へ向かいました。森のおとうちゃんが用意してくれたヨガマットに寝転んだり、並んで座って話をしたり、湖畔を歩いたりしながら、日の出を待ちます。

それは静かで幻想的でまばゆい光景でした。刻々と表情を変える雲。風がなく鏡のような水面に映る朝日。空には生まれたての朝日。

そのふたつの太陽を見ながら、私は、村上春樹の小説『1Q84』(新潮社刊)を思い出していました。ふたつの月が浮かぶ世界を…。
 
この長編小説は、病院のベッドの上で読んだものですから、とりわけ印象に残っているのかも知れません。
10年前の夏、腎生検のための5日間の検査入院で、慢性腎炎と診断されました。それ以来私は、一病息災を肝に銘じて、体力を過信しないよう、少しブレーキをかけぎみに、生活を見直すようになりました。同時に、欲望に素直になろうと思いました。
「やりたいことはあきらめない。残り時間は有限なのだから、やれるうちに精一杯、本気でやろう」
と、アクセルを全開にすることも増えていったのです。

それから7年後、野尻湖に浮かぶふたつの太陽に、私は笑顔で呼びかけています。
養生しなければ10年で透析になると言われたけれども、私は元気だよ。金色の光を浴びながら、こじかちゃんたちと木登りしているよ。整体師として第2の人生を始めているよ。自由に旅に出られるようになったよ。ありがとう、と。
 
森林セラピーによって体感することや受け取るものは、ひとりひとり違っていて、ことばでは説明できない神秘的なことや変化も時には起こるようです。
野尻湖の満月から生きるエネルギーをもらった人もいます。トレーナーさんと話すことで、こんがらかった人生がほどけるきっかけをもらった人もいます。
私自身も変化の連鎖のようなものを、少なからず実感しています。その核心となるものをことばにしてみたくて、私はこうして紀行文を綴っているのかもしれません。核心にはなかなかたどり着けませんが。

森歩き2日目・アファンの森

さて、野尻湖を後にした私たちは、宿に戻り朝食をいただいてから、2日間のさいごのプログラムである「アファンの森」へ向かいました。私がこの森を訪れるのは、2016年の《晩秋編》以来、2度目となります。 
前日の「象の小径」では花弁を閉じていたカタクリの花。ここ「アファンの森」では、暖かい日差しを浴びて、ピンク色の妖精のように花びらをそり返していました。
私たちもカタクリの花のように、思いきり羽を伸ばしたことは言うまでもありません。 
 
森の奥に、丸太でかまくらのように組まれたサウンドシェルターと石組のかまどがあって、そこでは安全に焚き火をすることができるようになっています。その焚き火でマシュマロを焼いて作ったお菓子「スモア」は、とびきり甘くて愉快な森のご馳走でした。
 
そうです。謎のマシュマロサンドの正式名称は、もっとくれという意味のSOME MORE を縮めた「スモア」。アメリカのキャンプの定番のお菓子だそうです。

皆さんは召し上がったことがありますか?
まだの方は、某有名メーカーの「エンゼルパイ」に、焚き火のけむりをまぶした味を想像してみてください。
あるいは、信濃町に行って、森林メディカルトレーナーさんに「スモア」とこっそり耳打ちすれば、ホボマチガイナク、謎のマシュマロサンドに遭遇できるはずです。

どうぞお試しあれ。
 
追伸 
すでに訃報をご存知の方は多いと思われますが、「アファンの森」を創設され、森の再生と心の再生・地域の創生をめざして活動を続けてこられた、作家のC・W・ニコルさんが先日4月3日にご病気のため、お亡くなりになりました。
私はご本人にお会いしたことはありません。ですが、「アファンの森」を歩くという貴重な体験をさせてもらい、感謝しています。
森には、ニコルさんが成し遂げられたお仕事や、思いの気配があちらこちらにありました。
この森は、心に傷を負った子どもたちや障害を持った子どもたちをたくさん受け入れてきました。きっとこれからも、心を癒す森であり続けることでしょう。
ご冥福を心からお祈りいたします。
 
 
 
ツムギ 61歳・女性。
旅と本と、美味しいものが好きな整体師。
整体師歴5年

(ロゴス点字図書館 月刊点字雑誌『あけのほし』2020年5月号掲載)

#創作室


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