小説・Bakumatsu negotiators=和親条約編=(12)~幕間 勝海舟、苦笑する~(2343文字)

※ご注意※
これは史実をベースにした小説であり、引用を除く大部分はフィクションです。あらかじめご注意ください。


ペリーが日本を去ったあと、勝海舟かつかいしゅう(通称、麟太郎りんたろう)は、特に用もないのに、年上の義理の弟である信州松代藩藩士にして、洋学者の佐久間象山さくましょうざんの家に顔をだすため、江戸の町を歩いていました。
 
1853年9月23日に幕府は伊豆韮山(にらやま)の代官、江川英龍えがわひでたつに台場(砲台)の建設を命じ、すぐさま品川沖に11の台場(砲台)建設が始まりました。
この台場建設に幕府は74万両の資金を投入したといわれています。
(ただし建設当初から品川台場は防衛には役立たないという意見もありました)

台場建設が始まり、江戸の庶民も、ペリー再来航という来るべき危機を現実として感じるようになってきました。

(台場建設で人と物流が盛んになるのは悪いことじゃねぇが、コメの値段があがっちまうのは困りもんだぜ。いや、コメだけじゃねぇか)

勝海舟かつかいしゅうは小物問屋の店先に並べられていた武具・具足類に目をやりました。
金1両2分と値段が付けられています。

(ほぉ、こんなにくたびれた武具に金1両2分とは・・・。それでも買う野郎がいるということかね。おいらはまっぴらごめんぜ)

当時、佐久間象山さくましょうざんは江戸木挽町五丁目(現:中央区銀座六丁目付近)に居を構え、塾を開いていました。
 
塾の規模は20坪程度で、庭も砲術訓練ができるほどの広さがありました。
 
佐久間象山さくましょうざんの門下には、勝海舟かつかいしゅう小林虎三郎こばやしとらさぶろう吉田松陰よしだしょういん宮部鼎蔵みやべていぞう河井継之助かわいつぐのすけ坂本龍馬さかもとりょうま橋本左内はしもとさない等々の錚々たる幕末の有名人が名を連ねています。(尚、橋本左内はしもとさないは翌年、1854年の入門です)
 
「ここの家主が変わった御仁でな。今のままで狭ければ、もう20坪ほど貸そうかと言ってきよったよ、勝さん。おまけに、家主は今、門下生として塾に通っておるのだ。今はだれもが洋学を学びたがる」

佐久間象山さくましょうざんは義理の兄、勝海舟かつかいしゅうを出迎えると、そう言って笑いました。

「ペリーが来てからというもの、今や我も我もと、洋学を学ぼうってことで引も切らずですな。洋学者が目の敵にされてた時代、ありゃあなんだったんですかねぇ」
 
勝海舟かつかいしゅうは半ば呆れたようにいいます。

渡辺崋山わたなべかざん高野長英たかのちょうえい・・・。彼らが生きていたら、今の世を見て、なんと言いますかねぇ」

佐久間象山さくましょうざんには勝海舟かつかいしゅうほど、早すぎた英才の死の感傷に浸る気持ちはなかったのか、それには答えずに、話題を変えます。
 
「しかし勝さん、惜しかったな」

「惜しい・・・とは、なんですかい?」

「あんたが来るつい今しがたまで、勘定奉行が来ておった。もう少し早かったら、あんたを紹介できたんだがな」

「会えなかったってこたぁ、縁がなかったってことなんでしょうよ。勘定奉行といやあ、あの人ですかい?」

「他におらんだろう。川路 聖謨かわじ としあきら殿だ」

川路 かわじ様が、象山先生に何の御用ですかね?」

「なに、川路 聖謨かわじ としあきら殿とは知らぬ仲でもないから、去年、海防掛を兼任された折に海防の意見書を出したのだ。が、無視された」

「幕府には過激な意見だったんでしょう」

「それが、ペリーが来航するに至って、ようやく儂の意見が正しかったことを理解したようだ。国事についてご意見あらば、拙者が老中に取り次ごうと言ってきおった」

「ほぉ、そいつは願ってもない話ですな」

「むろん、断った」

「は?なんですって?」

「儂はそこまでヒマではないからな。拙者の意見はすでに貴殿に上申しているから、貴殿から老中に伝えてもらえればそれで充分。儂はわざわざ上申書を書いて売名をするつもりはないと、伝えた」

「そいつは、川路 かわじ様もお困りになったでしょうな」

「さすがに言葉を失っておった。仕方ないので、上申書を書くことを約束して帰ってもらった。まったく手間がかかるわい」

後に、佐久間象山さくましょうざんは、老中首座阿部正弘あべ まさひろに「急務十条」を上申します。
 
「象山先生。今、作っている台場は、ペリーが再来する春に間に合いますかね」

その言葉に、佐久間象山さくましょうざんは、勝海舟ともあろうものが愚問を、と苦い顔をしました。

「間に合わんし、使いものにもならん。第一、勝さん、あんたは、ペリーが本当に春にやって来ると思っているのかね?」

「違うんですかい」

「春に来ると言って、本当に春にやって来るようなバカ正直な男ではあるまい。来るなら冬だ」

「どうして、そう思うんですかい?」

「春に来るものと思って油断しているこちらの虚を突ける。それに、冬は乾燥しており、火が燃えやすい。江戸の町を火の海にするなら冬だ」

「物騒なことをいいますな、象山先生は」

勝海舟かつかいしゅうは苦笑します。

後年、江戸に攻め入ろうとする官軍に対して、山岡鉄舟やまおかてっしゅうらと江戸の町を救う役目を果たすことを、この時の勝海舟かつかいしゅうは知る由もありませんでした。

勝海舟かつかいしゅう佐久間象山さくましょうざんの会話のほとんどはフィクションです。


■参考文献
 ●佐久間象山
  大平 喜間多 (著)

 ●幕末外交と開国
   加藤 祐三 (著)

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