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【歴史のすみっこ話】漢字、危機一髪6~日本人の読み書き能力調査~[1726文字]

アメリカ教育使節団の来日前に、GHQは日本政府に対して、使節団に協力するための日本側の委員会を設置するよう指示しました。

1946年(昭和21年)8月10日──
GHQの指示を受け、内閣総理大臣が所管する、教育刷新委員会が発足します。

文部大臣(田中耕太郎)は、この教育刷新委員会の発足にあたって、この委員会は真理と平和を追求する普遍的な教育理念にもとづいて、「アメリカ教育使節団報告書及び連合国司令部の助言や示唆から多くを学びとらなければならぬ」と述べ、また、「文部省、教育刷新委員会、および連合国軍最高司令部は、我国の教育改革の根本理念において完全に一致するものであることを我々は断言して憚りません」と述べている。

「アメリカ教育使節団報告書 全訳解説」 著:村井実より引用

教育刷新委員会と文部省、そしてGHQはアメリカ教育使節団報告の勧告に基づき、教育基本法や六三制などの教育改革が実施されていきます。


一方、日本語の書き言葉をローマ字表記にすることについては──。

少し時間を遡りますが、1946年(昭和21年)4月7日──
使節団より報告書を受け取ったマッカーサー元帥は、これに自らの声明をつけて、公表します。

マッカーサー元帥の名によるこの声明はこの報告書を「民主主義的伝統における高い理念の文書」として讃え、同時に、その理想は普遍的なものであり、したがって、それを達成するために勧告されている手段についても、当然に日本人の理解を得られるだろうという見解を述べている。

「アメリカ教育使節団報告書 全訳解説」 著:村井実より引用

しかしながら、マッカーサー元帥は、同じ声明の中で、なにやらためらいのようなものを感じとれてしまう発言をしていました。

この声明中には、「教育原理ならびに国語改革に関する勧告の中には、余りにも遠大であって、長期間の研究と今後の計画に関する指針として役立うるに過ぎないものもあろう」という一節もあり、総司令部としては、この報告書に対して部分的に批判的な態度を保留した一面もあったようである。

「アメリカ教育使節団報告書 全訳解説」 著:村井実より引用

マッカーサー元帥が言う、『余りにも遠大であって、長期間の研究と今後の計画に関する指針として役立うるに過ぎないもの』が、具体的に何を指しているのかは示されていません。

しかし──。
これが日本語の書き言葉をローマ字表記にすることを指していたのであると、仮定すれば──。

GHQのトップたるマッカーサー元帥は、日本語の書き言葉をローマ字表記にすることに対して、慎重な姿勢であったと言えるのではないでしょうか?🤔
 

1946年(昭和21年)11月。
当用漢字表
が公布されます。
※当用漢字表については、後日書かせていただきます。


GHQ傘下の教育・宗教・文化財関連の施策を担当する組織、民間情報教育局(以下CIEと表記)に所属する、世論社会調査課長ジョン・キャンベル・ペルゼル(アメリカの文化人類学者)が、文部省に対してある提案をおこないました。

一般的な日本人が漢字をどれくらい読み書きできるものか、その能力を調査してはどうか──。
(実質的には命令なのでしょうけれど💦)

その目的は、日本語の書き言葉をローマ字表記にする施策を遂行するための錦の御旗を掲げること、でした。

一般的な日本人の漢字読み書き能力が低いことを、日本人の手による調査で証明し、その結果をもって漢字の廃止、ローマ字表記を推し進める──。

ペルゼルは、自ら描いたシナリオ通りに、事が進むと信じて疑わなかったに違いありません。

提案を受けた文部省は、「読み書き能力調査委員会」を設立します。
委員長には、文部省教育研究の所長であった、務台理作(むたい りさく)が指名されます。

半年間の準備期間を経て、1948年(昭和23年)8月
「日本人の読み書き能力調査」が全国一斉に行われました。

調査の対象となったのは、「物資配給台帳」から統計学的手法で、全国から選ばれた15歳から64歳までの男女。
被験者は16,814人となったそうです。

日本語の書き言葉の表記方法および漢字の命運は、この「日本人の読み書き能力調査」の結果で決定されることになります。

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