[いだてん噺]本選手(905文字)

岡山高等女学校では、授業が終わる午後2時から1時間半ほど、課外運動時間が生徒に与えられていた。

 その課外運動の時間には一年生の総担任にあたる運動好きの先生(終身の先生)が一年生二百名を毎日毎日手分けしてテニスの指導をしてくださった。
 その頃二百名のうち百名ぐらいは各自のラケットをもっていました。

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著より

テニスの練習に打ち込んだ甲斐あって2学期が終わる頃には、絹枝はクラスの中で一、二を争う実力者になっていた。

そして2年生になった5月、絹枝はテニス部の部長であった教師に教員室に呼び出された。

数学の点が悪かったことを叱られるのではと、絹枝は内心穏やかでなかった。

 先生は静かに口を開かれて、
「数学はしっかりやってますか」と言われる。
 そろそろはじまったなと思っていると、先生はいつになくニコニコしながら、
「今度、貴女をテニスの本選手にしたいがどうです。家の方では許しますか。貴女もしっかりやってみますか」との仰せ。

 これには私も一も二もなく急に元気になって、
「ハイ是非さしてもらいます。家の方では別に何も申しませんでしょう」
 うれしかったうれしかった。嘘ではないかと幾度か気を落ち着けて考えてみました。
 いよいよ大命がくだった。勉強もします。数学もつとめて好きになります。しっかり練習をはげみます、と誓いました。

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著より

 「家の方では別に何も申しませんでしょう」と絹枝は言ってしまったが、家では、祖母を含めた家族全員が反対をしたのだった。

 もっとも絹枝も引きさがらず、毎日午後2時の授業が終わると、6時ごろまで、熱心に練習を続けるのだった。


■参考・引用資料
●『二階堂を巣立った娘たち』 勝場勝子・村山茂代:著
●『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著、 織田 幹雄 ・戸田 純:編集
●『1936年ベルリン至急電』   鈴木明:著
●『オリンピック全大会』   武田薫:著
●『陸上競技百年』      織田幹雄:著
国際女子スポーツ連盟 - Wikipedia アリス・ミリア - Wikipedia



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