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興味本位で潜った講義でダダイズムの話を聞いて感銘を受けた

※ 写実主義やダダイズムに関する内容を書いてますが、授業で聞いたことのメモ代わりなので、事実ではないことを書いているかもしれません、ご了承ください。

出典がないとほんまなのかわからなくて困惑するマン より

こんにちは。taka3です。
今は一応大学院生ですが、研究テーマへの関心が失せていて、最近は芸術や人類学にハマっています。

大学は、興味あれば入って、つまらなかったらすぐに帰ってもいいところ。
今回は芸術系の授業で前から気になっていた講義に潜ったら、芸術と運動についてのテーマで非常に面白かったので、まとめました。

写実主義:資本主義における負の現実をありのままに描く

産業革命が進行し、近代化が進む一方で、「人間疎外」、つまり人間が機械のように正確に動くことが良しとされるようになります。
そこで反体制的な思想がいっぱい出てくるんですけど、特に、アナーキズムや社会主義に影響を受けた画家・クールべの話が出てきます。

クールベは創作の傍ら、政治にも関心を持ち、パリ=コミューンという日本が明治維新の頃にフランスにできた労働者中心の自治政府にも参加し投獄された経験もあるそうです。
クールべを代表とする写実主義は、それまで絵画の対象にならなかった、下層社会の人の現実を描いています。『石割り人夫』が有名です。

2人の男性が石割という力仕事をしている。左は少年でシャツは穴が空いてボロボロである。右はおじさん?でボロボロの服、ズボンにはつぎはぎがされてます
クールベ『石割り人夫』

何が描かれている?
・力仕事で大変そうですよね
・左の少年のシャツは穴が空いてボロボロ
・右のおじさん?もボロボロの服、ズボンにはつぎはぎがされてます
講義で解説されていたこと
・元々農夫らしくて、ただ農業革命→囲い込みによって失業した、というこの時代ならではの失業者らしい
・この小石を作る作業というのが、近代化によって新たに必要とされた作業(あんまよく聞いてなかったのですが、道路整備かなんかに使われる?忘れました)のようで、近代化の負の部分だと言わんばかりの光景らしい

本題のダダイズム:理性や秩序を否定する

さて、そこから、印象派とかを経て、ダダイズムが現れます。
ダダは無意味さ、馬鹿馬鹿しさを表現し、既存の秩序や常識を否定していく思想です。面白いなあと思ったのが、ダダという言葉自体、何語でもないし特に意味はないということ。
トリスタン・ツァラという詩人が発端らしくて、チューリッヒを拠点としたキャバレーという文学集団が中心源だったようです。

例として、フーゴ・バル(Hugo Ball)という方の音響詩が挙げられてました。ここでは「音」に注目し、音声というパフォーマンスで表現します。詩というとなんらかの意味があるものと思えますが、「音として聞く詩」であって文章にすると意味のない、ただの文字の羅列になるというのが特徴です。

いい例かわからないですけど、

kfhgh馬l
jdtジャフ
ォj後いら
うfjgかjf
gヵjこ


っていうのを詩と言っているようなものでしょうか

単語を「音」に還元して、意思伝達としての言語の解体を試みたという趣旨のようです。フーゴ・バルの『キャラバン』という作品があって、なんだかおぞましいですが、こんなことをしていたらしいです。

ダダイズムの背景:理性によって野蛮から脱却するはずが、大いなる野蛮をもたらした矛盾への批判

なぜこんな意味不明なことをしたのでしょうか?その背景には第一次世界大戦があります。

第一次世界大戦では、戦車や飛行機、毒ガスなどの近代兵器が導入されて、これまでの戦争とは比べ物にならない犠牲を生みました。

近代化や文明の進歩というのは、いわば野蛮の対立項であり、野蛮から脱却することが目標と言っても過言ではないでしょう。そして、近代化や文明の進歩は人間の理性によって推進されていきました。

ただ、第一次世界大戦での残忍な行動には、野蛮から脱する手段のはずだった文明の進歩・人間の理性が、逆に大いなる野蛮をもたらしてしまったという矛盾があり、ダダは、こうした文明や理性に対する批判の運動といえます。

文明が発展することだけが正しいことなのか、というある種の文明批判であり、反理性的な行為として、無意味さや馬鹿馬鹿しい表現をしたのだという流れのようです。


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