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テルミン博士も考えなかったテルミンの可能性

 テルミン発明から100余年。ロシアで創られた世界初の電子楽器テルミンですが、革命や戦争といった時代の荒波に楽器も発明者も翻弄されました。発明当時、テルミンは軍事、保安、諜報といった領域における応用を期待され、その技術は求められました。一世紀の時を経て、テルミン演奏が普及し、高齢化社会のトップランナーを走る日本において、テルミンの演奏特性を認知症予防に活用しようとする試みが生まれていることは、さすがのテルミン博士にも想像できなかったでしょう。

 以下は「認知症マトリョミン演奏サロン」において、当方が推し進めているマトリョミン演奏で「二人三脚」的演奏法を示しているビデオです。
https://youtu.be/l4I8-B5NJl0

 テルミンには鍵盤やフレットといった音の高さの基準が楽器の側にありません。であるにも関わらず、人間に備わっている音の高さの感覚はとびきり敏感で、手が1mm動いたなら1mm分だけ音の高さの変化を感じます。心地よいと感じるレンジはとても狭い。このインターフェース性と鋭敏な感覚が相まって、弾く人が違えば「天使の歌声」にも「お化けが登場する時の音」にもなると言われます。

 マトリョミン演奏で、手を取り二人で共同して弾くことによって、演奏動作に介入できます。演奏動作の「型」を直接示すことができますが、この練習法は習いはじめにおいて特に有効で、コーチが感じている伴奏に対するメロディの調和、ピッチの狙いなど、これまで想像し、記憶にイメージを求めるしかなかった事柄について、動作を介して感覚をダイレクトに伝えることができます。同じメロディを奏でていても、演奏動作はそれぞれ違う。私とお弟子さんとの間で演奏の印象の共有などできやしないのに、共感を前提として演奏を説いていましたが、伝わりようがない。どうしてこんなシンプルなことに、これまで30年間気づかずに来たのかと、悔いています。

 求める音はいつも違うところにあるのに、そのことにさえ気づかず、果てない模索ばかり繰り返していたのでしょう。己の感覚と動作によって奏で、音の高さを定める自由がテルミン演奏には備わっていますが、この「自由」にこだわり過ぎていたのかもしれません。
 マウンティングや、自尊心を高く保つための手段として関心を向けられた時期も、テルミン演奏の発展の課程においては確かにありました。そういう時代も経て、心地よいと感じる音に素直に向き合える状況に至るのに、日本では四半世紀を要したのかもしれません。

 人類の長年の夢の一つであった長寿。それを手に入れたのと引き換えに、認知症問題が我々の前に立ちはだかっています。「二人三脚」的マトリョミン演奏法には、これを解決する鍵となり得る可能性を秘めています。
 コロナ禍を経て、新しい時代に通ずる扉が開こうとしている状況に我々は立っています。テルミンを誰かのエゴのためでなく、私の幸せのために奏でることができる時代になりました。テルミン博士もようやくこんな時代が到来したと、草葉の陰で喜んでいらっしゃるような気がします。

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