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「伝統」と「伝統的」

ジャパン・ハウスという事業に従事していた頃に考えさせられたことの一つに,この「伝統」と「伝統的」の違いがある。

これを教えてくれたのは,ジャパン・ハウス・ロンドンの企画局長をしているサイモン・ライトだった。ちょっと正確に思い出せないが,たしか,ジャパン・ハウス・サンパウロもまだオープンしていない2016年5月,ロンドン,サンパウロ,ロサンゼルスの3拠点の中心メンバーに東京に集まってもらい,プロジェクトについてあれこれと議論していたときだったかと思う。

サイモンが指摘したのは日本語ではなく英語で,指摘されたのはわたしなのだが,自分でどのような発言をしたのに対して,サイモンが指摘したかはよく覚えてなくて,ただ覚えているのは,わたしの発言に対してサイモンが「traditionとtraditionalは全く違う」ということを言ったことである。

サイモンによれば,(ちょっと完璧に正確ではないが)「traditionは現在にも生きているもの。traditionalというのは昔から変わっていないこと。この二つは全然違う」ということだった(たぶん。間違ってたらごめん,サイモン)。

話がちょっと変わって,以前の記事でも紹介したジャパン・ハウス・プロジェクト全体のCreative Directorだった原研哉さんが主導されていた取り組みの一つに「伝統の未来」というプロジェクトがあり,2016年に松屋銀座で企画展示が行われた際には,わたしもオープニング・レセプションに御招待に預ったりした。

この展示企画は,日本の伝統産業の未来の形について,様々な可能性を提示するものだったが,原さんは,ジャパン・ハウスというプロジェクトにおいても,「未来資源としての伝統」というコンセプトを大切にしたいということをよく仰っていた。

法被や提灯というアイコン自体が日本の伝統なのではなく,そこに宿る普遍的な精神性のようなものこそが提示されるべき日本の伝統であり,原さんは,それを「緻密・丁寧・繊細・簡潔」という4語にまとめて提示し,そのような普遍的な性向が未来の可能性を産み出す貴重な資源となるということだった。

関連するエピソードをもう一つ紹介すると,ジャパン・ハウス・ロンドンの設計デザインを担当していただいた片山正通さんが仰っていたことだが,片山さんは,デザインに際して,特段日本的であることを意識してはおられないにもかかわらず,その作品は,往々にして「とても日本を感じさせる」と評されることがあるらしい。

つまり,何が言いたいのかというと,わたしは,ジャパン・ハウスにかかわって頂いた原さんや片山さんのことが大好きです♡,ということではなくて(そうだけど),「伝統を,未来を創り出すための資源として捉え直す」というコンセプトが,とても大事なのではないだろうか,ということである。

サイモンの話に戻すと,日本の伝統文化を紹介するという企画の多くは,「伝統的な(traditional)」「アイコン」を紹介するというものが多いのではないかと思われ,それはそれでよいとも思う一方で,原さんが考えるように,具体の日本文化に宿る精神的・哲学的な「伝統(tradition)」を抽出し,それがどのような未来を創り出す可能性を秘めているのかという企画が,もっとあっても面白いと思う。

だって,「伝統が未来を創る」というコンセプトは,別に日本にとってだけ重要なコンセプトではないはず。どの国にも,どの地域にも,どの人にも,伝統は宿っていて,どの国にとっても,どの地域にとっても,どの人にとっても未来は大切なはずなのだから。

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