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「カッターナイフ」について #デザインのゼロ地点


こんにちは、米津雄介です。

世の中には様々なデザインの製品がありますが、逆にあり過ぎてどうやって選んで良いかわからない…といったことってありますよね。

選ぶための基準となる製品を見つけたり、歴史やデザインの由来を知ることで、モノを選ぶのが楽しくなったらいいなと思い、THEブランドに関連のあるものも、ないものも、僕なりの視点で好き勝手に書いています。

今回は、「カッターナイフ」について書いてみようと思います。

“最適と暮らす”というビジョンの下、日用品からアパレルまであらゆるジャンルの定番をアップデートするブランド「THE」(@the_tweet_jp)の代表です。
美しい海岸と厳かな雪山で波乗りとスキーを楽しむために日用品から地球環境を変えていきます。
twitter: https://twitter.com/yu_yone

画期的な「研がずに折る」を生み出した、2つのヒント。

カッターナイフも以前書いた扇子と同じく、日本で独自に生まれたプロダクトです。
今でこそ日常に溶け込んでいますが、よくよく考えてみると「研がずに折る刃物」という発想は革新的です。

製造メーカーは幾つかありますが、発明したのは岡田良男氏。
国内でカッターナイフのトップシェアを誇るオルファ株式会社の創業者です。 

生まれた背景は業務用。
元々は印刷工場や転写紙の製造現場で生まれたアイデアでした。

それらの現場では何枚にも重ねた紙を切る需要が多く、刃物の消耗が激しかったのです。

そのような中で、常に切れ味の良い状態を保つ刃物ができないものかと考えたとき、靴職人と進駐軍という2つの要素からヒントを得て開発がスタートしたそうです。

1つめは靴職人が使っていたガラスの破片。
当時の靴職人たちは靴底の修理にガラスの破片を使い、切れ味が悪くなるとガラスを割ってまた新しい破片を使っていました。

2つめは進駐軍が持っていた板チョコ。
溝が入ってパキパキと折れる板チョコをヒントに、折ることで新しい刃が出てくるものができないか、と考えたそうです。

そして生まれた、世界初の折る刃式カッター。そのデザインに驚く。

この「折る刃」式は、後の「OLFA (オルファ) 」というブランド名に由来することになります。

しかし、使用時には折れずに折りたいときに折れるという矛盾した機能を実現するための開発は難航しました。

刃に溝を入れるということは刃の強度を落とすことと直結します。

自身でタガネを握り、手作業で刃に溝を入れる試作を繰り返し、ホルダーと呼ばれる刃の支えを作って刃を金属のケースで覆う形状が出来上がったのは1956年のことでした。


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1956年 世界で最初の折る刃式カッターナイフ 「オルファ第1号」


第1号がすでに今のカッターとほとんど変わらない形状をしていることに驚きます。

刃を支えると同時に刃を折るためのきっかけにもなるホルダーの先端形状、スライダーと呼ばれる親指で刃の出し入れをするための機構、板バネを使ったストッパーなど、試行錯誤の末に辿り着いたデザインや設計の足跡がはっきりとカタチに表れています。

紙を切るという目的を果たしながら使用時には折れにくくするために、刃渡りはギリギリまで短く、人の力で折れるようにするために板厚は薄くつくられています。

ただ、この「折れる刃物」は当時どこのメーカーも作りたがらなかったため、初めの3000本は近くの町工場に依頼して製作し、うまく動作しないものは一本一本手作業で修正しました。
そしてその全てを岡田良男氏が自ら売り歩いたそうです。

1年かけて売り切った後、本格的に生産に取り組みます。
協力会社が見つかり、1960年には「シャープナイフ」という名称で市販化します。

刃の幅も、折る角度も。すべてのカッターはOLFAに通ず。

1967年には「OLFA (オルファ) 」というブランド名が生まれ、道具箱の中で目立つ色にすることでユーザーが不意に怪我をしないように、と全ての製品を黄色で統一しました。 
(今考えるとこれも凄いことですね)

創業者の岡田良男氏は徹底して品質にこだわり、刃物の要となる金属材質もその時代ごとの相場に左右されることなく品質を変えず、オルファは今でも国産を貫いています。

300円前後で手に入る製品をすべて国産で賄い、海外にまで輸出していくのは本当にすごいことです。

カッターの刃は用途によってサイズが異なり、幅9mmまたは18mmあたりが一般的です。

実はこれもオルファが作った規格で、なんと今では世界中のメーカーがオルファの刃のサイズに合わせてカッターを作る、というデファクトスタンダードとなっています。
ちなみに折る刃の角度は59度で、これもオルファ規格です。

そして、現在の市販のカッターナイフもよく観察すると実に細かい配慮がなされているのがわかります。

例えば、紙を切るときにカッターの刃を押し付けても刃が動くことはありませんが、親指でスライダーを自然な動作でずらすと、使っている側は気付かずともロックが外れるように設計されています。

ユーザーが意識しなくても動かしたいときだけ動かせる構造はYKKのファスナーなどにも似ていますね。

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また、ホルダー内で刃と金属のホルダーが干渉しないように設計されていたり (それもスライダーと一体の1パーツで!) 、ホルダーは刃先が左右にぶれないように刃の厚みとほとんど誤差なく作られています。

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刃物なので最も性能を左右するのは刃の作りだと思いますが、実はこのホルダーの精度で切れ味が大きく変わります。

そのため、切れ味を重要視している僕はホルダーがプラスチック製のものを選ぶことはありません。

デザインのゼロ地点から見る、未来に続くカッターナイフとは?

そんなオルファの定番といえばAシリーズ。
ほとんどの方が見たことがあると思いますが、黄色が目印のこの製品。

◾️OLFA Aプラス

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前述の精度や機能が詰まったロングセラーで、オルファの基本形とも言えるモデルですが、個人的には昔のA型の方が少し直線的なデザインで好きだったりします。


オルファ以外ですとこちらも皆さんに馴染み深いかもしれません。

◾️NTカッター A-300

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NTカッターはオルファと並んで数少ないカッター専門メーカーの製品です。

実はこのエヌティー株式会社は前述の岡田良男氏が発明した「シャープナイフ」の製造元。

エヌティーはおそらく以前の社名である日本転写紙の頭文字ではないでしょうか。
やはり当時カッター需要のあった転写紙の会社だったのですね。

一見なんてことない形に見えますが握ってみるとこれがすごく使いやすい。
外観のデザインはこれが一番カッターらしく良くデザインされていると思います。


職場や家庭で日々活躍するカッターですが、前述の通り元々は業務用として生まれたものです。

印刷の現場での需要は減ってしまいましたが、高度経済成長と共に一気に需要を伸ばしたのは、住宅を建てる時に壁紙職人が使うカッターでした。

今でもその需要は大きく、ホームセンターや工具店で扱っている業務用カッターの性能は目を見張るものがあります。


◾️OLFA スピードハイパーAL型

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先にご紹介したOLFA Aプラス、NTカッター A-300は9mm刃でコンパクトですが、こちらのOLFA スピードハイパーAL型は18mm刃の大型カッター。

持ち運びや細かい作業には不向きかもしれませんが、使ってみるとびっくりするほど切れ味が違います。

その理由の一つは刃に施されているフッ素加工。

よくフライパンなどで焦げ付きをなくすために塗布してあるコーティングです。
ハサミなどの刃物に使われることも多く、テープを切った際のベタつきの軽減などに一役買うのですが、剥がれやすいのが欠点。

そもそもフッ素は摩擦係数が低く、前述の通りベタつきや焦げ付きをつきにくくしてくれます。

しかし、摩擦係数が低いということは塗布したフライパンの表面やハサミの刃にも定着させるのが難しいということ。
くっつきにくくするためにくっつけている、という少し矛盾した技術でもあります。

そのフッ素加工をカッターに応用するメリットは粘着物のベタつき軽減もあると思いますが、一番は段ボールなどある程度厚みのあるものを切る時に側面の抵抗が少なくなることでしょう。

これが馬鹿にならないほど効果的で、驚くほどスムーズに刃が進むのです。
刃を折って使うカッターだからこそ、剥がれやすいデメリットも気になりません。

切れ味、つまり基本機能にフォーカスすると、カッターとは本来こうあるべきではないか、とも思えてきます。

そして最後に、未来の定番品としてどうしてもお勧めしたいのは同じくオルファの「万能M厚型」。


◾️OLFA 万能M厚型

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先程の9mm刃、18mm刃とも違う、12.5mm刃という新規格の製品です。

大きすぎず手頃なサイズ感にもかかわらず強度もあって、「今までなんでなかったのだろう?」と思ってしまうような本当にちょうどいいサイズなのです。
 刃の厚みも0.38mmから0.45mmと分厚くなっています。

商品開発において、何かと何かの中間を取る、というのは良い結果を生まないケースが多いのですが、万能M厚型は中間を取るよりも小型の製品をブラッシュアップさせたイメージ。

つまり今までのスタンダードを引き上げようという意図で生まれたのではないかと勝手に想像しています。

安く高品質な製品を日本で作り続けるということはおそらく工場の自動化に優れているということ。
逆に言えば新しい規格が作りにくく、量もたくさん作らなければ割りに合わない。

世界のデファクトスタンダードにまでなった規格サイズを持ちながら、それをもう一度考え直し、本当にちょうどいいサイズを求めて新規格を生み出すオルファの姿勢は、メーカーとして素直にかっこいいなぁと思います。


※この記事は、中川政七商店によるメディア「さんち」 にて2017年9月7日に掲載した記事を再編集して公開しています。



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