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なんで自分はこんなことやってるのかなぁ…という悩みに襲われたら。


結論から書きます。

なんであなたがそんなことをやっているのかというと、

それはあなたが「世界をよりよくする新しい”グルーヴ=うねり”を、この世界にもたらすために存在している人だから」です。

なので、そういう悩みに襲われたら、

自信を持っていまやっている「そんなこと」をやり続ければいいと思います。


これだけではあまりに乱暴だと思いますので、ここからちょっとくわしく書きます。

の前に、

なんかね、

「日々のライティングやSNSでの活動に役立つ記事」みたいなことをシンプルに書いたほうが、多くの人の興味を引いて、より多くの人に読んでもらえるんだろうなぁって気はするのです。

特にここは「書く」とか「編集」とか「デザイン」に興味がある人が多い場だと思いますし、そのニーズを意識した内容で文章を書くっていうのはまぁ元広告屋の本領なのでそうやって書けば書けないこともないかなぁって気もしているのです。

でもね、

「noteを書く」って自分にとってはそういうことじゃないんじゃないのかなぁとも思ったので、今回は(今回”も”ですが)自分の書きたいように書きます。

「書きたいことを書くための10の方法」でもなく「書きたいことを書き続ける君を応援する名言集」でもなく、

「私が書きたいこと」を書きます。そういうもんだろ。


大江千里さんの「ライフシフト」から。

最近、ジャズを聴くようになりました。時間を見つけてほぼ毎日。そんな自分に自分でびっくりしています。

というのも、いまでこそ私はどこにでもいる普通のおじさんの姿をしていますが、若い頃は短パン履いてスケボーに乗ってメロコアしか聞かない輩みたいな兄ちゃんだったので、ジャズなんていう気取った音楽は世の中に存在してないぐらいの感じでここまできちゃってたのと、

そもそも音楽を聞きながら仕事と読書ができないタチなので、社会に出てほとんどの時間を仕事と読書をして過ごすようになってからは、音楽を聞くという行為そのものが世の中に存在してないぐらいの感じできちゃってたので。

そんな私が変わるきっかけになったのが東洋経済オンラインのこの記事です。すでにご存知の方も多いと思われますが本当にすばらしいインタビューでしたので、特に40歳過ぎてる方なら必読です。

【大江千里、47歳で始めた僕の「ライフ・シフト」】http://toyokeizai.net/articles/-/206780

この記事を読んだその足ですぐに大江さんの著書を買いに行きました。大江さんが語られている「ある年齢を過ぎた大人が自分の人生をどう生きるのか、どう選ぶのか」という内容が自分の興味をとても強く引きつけたからです。(ちなみに二冊あるどちらの本も最高です)

で、まぁどんなに本がよかったからといっても音源まで買ってみようってなるほどピュアなおじさんではないので話はここまでってこともあり得たと思います。

が、本を読み進めているうちに「ジャズという音楽が演奏される流れ」、私なりにかいつまんでいうと「それぞれのスキルを磨き上げたプロが、基底となる曲=コード進行に則りつつも、プレイヤー個々人が持つ音の連なりへの解釈とアイディアとそれを演奏する技量を瞬時に重ね合い、ぶつけ合うことで、心地よいうねり=グルーヴに満ちた空間を作り上げていく」という構造が、自分がいま実現しようと思い描いている「理想の仕事のやり方」と全く同じであるように感じられたところから、私は一気にジャズの世界に引き込まれてしまったのでした。

ここでちょっとだけ堅苦しい物言いをすると、私という消費者はいきなりジャズの音楽性に惹きつけられたというわけではなく、自分が元々持っていた興味の領域(具体的には「中年以降の仕事とライフシフト→理想とする仕事→ジャズが演奏される際に行われるアクションの構造」)の連なりを飛び石にしていままで全く関心のなかった興味領域に導かれたという態度変容のストーリーを読み取ることができます。(私の本業の軸足であるマーケティングという領域においてこれはとても重要なことなので、これについてはまた機会を改めて考察したいと思います)


焼畑農業みたいな「マーケティング・リサーチ」ならやめちまえ。

ところで、モノを作る側の方々って(もちろん個人差はありますが広告系のクリエイティブ部門の方が代表的かな?)あんまり「マーケティング」を好まないことが多いです(「マーケマーケいうやつって能書きばっかりで人の心がわかってねぇんだよばーかばーか」的な)。

逆に、マーケティング側の方々はクリエイターの考え方があんまりお好みじゃないことが多いです(「あいつらデータに基づく理論と計算が理解できないんだよほんとにアタマ悪いなぁたいして才能もないくせに」的な)。

私は両方をかなり深めにやってきたので(マス広告基盤で両方を私よりどっぷりやってきた=苦労してきた人っていないんじゃないかなぁともちょっと思うよ自画自賛)どちらの言い分もその背景もかなりきちんと理解できていると思うのですが、最近はクリエイティブ側の肩を持ちたくなるようなことがちょっとだけ多いような気がします。

なぜかというと、最近世に言う「マーケティング」って、もちろん精度の高い多面的なデータに基づいているのはわかるのですが基本的には結局それで「このへんに消費者が多そうですね」っていう見当をつけて製品なりサービスなりの投入の仕方を練るだけの「マーケティング・リサーチ」でしかないように私には見えるから。

それって、衛星画像で森林の密度を調べて「焼畑農業」をしているみたいで、どんなに鋭くデータを解析しましたーって言ってもそれは「まだ焼いてない熱帯雨林見つけましたー」とか「この森だったら広さはないけど効率よく焼けばいままで並みの収穫量見込めますよー」って言ってるのと同じなんじゃねーかなーと思うから。

で、書き方が無礼で大変申し訳ないんですけれど、そんなことばっかりやってて本当に楽しいんですかね?意味あるんですかね?って思うから。


態度変容=「心を動かすこと」

勘違いしてほしくないのですが、私は「マーケティング」を否定しているわけではありません。「データなんか関係なく直感で施策を投入するほうがいい」と言ってるわけでも「リサーチなんか必要ないぜ」って言ってるわけでもありません。(てゆーか私の本業マーケティング・コンサルタントだし)

私がいいたいのは、

これからの(もしかするとそもそも本来の?)マーケティングって、人が持っている、「ある興味」と「どの興味」とを重ねたら、結んだら、つないだら、その人の人生をよりよく、より豊かにするような態度変容=心の動きのストーリーをつむぎだせるか?を考えるってことになっていくのではないだろうか、

ということ。

本人が思いもよらないダイナミックな、でもスムーズで、筋が通って、心地いい、態度変容のストーリー。それを生み出すことこそが、人間がやるべき、もっといえば他でもない「あなた」がやるべき「マーケティング」なのではないだろうか、

ということ。

もちろん、いまのところはいままでのやり方のほうが貨幣的な利益を上げるという意味での経済効率は高いですし、そのために必要なスキルや知見もそれはそれで尊いものだとは思うのですが、でもそんなのプログラマティックにやったほうが(主観とか倫理の壁も超えやすいし)もっともっと効率よくできるわけなので、だったら、

あなたにしか描けない、あなたにしか導けない、興味と興味を結びつけるストーリーを世界にぶつけていかないと、もったいじゃないですか

ということ。


なにもマーケッターだけではなくて、

これって別にマーケティングにたずさわっている人に限らないとも思うのです。

あなたにしか描けない、あなたにしか導けない、興味と興味を結ぶストーリーを描いて、奏でて、問いかける。

そこに顕在化している何かに合わせにいくんじゃなくて、自分の価値観を世界観を信じて、想像力を駆使して、実行力を鍛え上げて、態度変容=「誰かの心を動かす」ようなグルーヴを世界に生み出していくために、

人間が、あなたが、いるんじゃないのかなぁと。

っていうと今度は「あ、でも、私なんてほんとにありきたりの普通の平凡な人間だから私の言うこと考えることに耳を傾けてくれる人なんてほとんどいなくって、やっぱりすごく才能があるとか、影響力があるとか、フォロワーが多いとか、そういう人が唱えるものじゃないと人の心なんて動かないんじゃないかなぁって思うんですぅ…」っていう人が出てくるのですが、そういうあなたはまちがっています。


希少で貴重な価値のある人って?

存在自体がものすごく希少で貴重な人、「世界に一人だけしか存在しない人」って地球上にどのぐらいいると思いますか?

簡単です。世界にいる人間の数だけいるに決まってます。あの人の代わりの人は存在しないし、あなたはあなたしかいない。

ということは、「あなたという人が見つける興味と興味の連なり」は「あなたにしか見つけられない興味と興味の連なり」であって、あなたが見つけなかったらそれは「永遠に見つけられることのないもの」になってしまう。

逆にいえばあなたは、あなたにしか見つけられない意味を、価値を、解釈を、ストーリーを、「興味」という音の連なりを、見つける力を持っているということ。

だから、

あなたにしか見つけられない興味と興味の連なりを見つけて、その音にふさわしい音色を奏でられるように自分のスキルを磨き上げて、そして世界に向けて胸を張って、その曲を鳴らせばいいのだと思います。そうすることで世界には、いままでなかったグルーヴが生まれる。あなたがそれをしなければそうならなかった素敵な形に世界が変わる。

もう一度、書きます。

なんであなたがそんなことをやっているのかというと、

それはあなたが「世界をよりよくする新しいグルーヴを、この世界にもたらすために存在している人だから」です。

なので、そういう悩みに襲われたら、

自信を持っていまやっている「そんなこと」をやり続ければいいんじゃないかと思います。

そのとき安易な「焼畑農業」にさえ逃げなければ、あなたが見つけて奏でる興味と興味の連なりが生むグルーヴが世界をよりよく変えるから。

よろしかったら、いつか私とセッションしましょう。

世界に一人しかいないあなたの奏でる音にきちんと応えられるように、あなたの曲と私の曲を重ねて、合わせて、ぶつけて生まれる、グルーヴを世界に向けて鳴らせるように、私も腕を磨いておきます。














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