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不毛な争い ー反汚職基金(ナワリヌィ派)と「モスクワのこだま」編集長の泥仕合-

はじめに

この1週間、反政権のインターネット界隈では、獄中にいるアレクセイ・ナワリヌィが創設した反汚職基金(FBK)と、開戦後当局から解散させられたリベラルメディア「モスクワのこだま」のアレクセイ・ヴェネヂクトフ編集長の間で行われている泥仕合が話題となっていた。

既に「ウクライナで犠牲者が出ている中で何でこんな内輪で揉めているんだ」という発言も出ており、実際のところ不毛な争いではあるが、外ではあまり取り上げられない話だとも思い、書いていきたい。

エフゲニア・アリバッツ(政治ジャーナリスト) 
「「リベラル派」は何をしてるんだ!戦争が続き、キエフがまた爆撃され、深夜には8人が犠牲になった。プーチンは攻撃を続けている。「リベラル派」はクソの投げ合いをしている。」

イリーナ・ヴォロビヨワ(ジャーナリスト)
「皆が皆喜んでこのテーマについて議論していくこの状況は、それが(他のテーマより)楽だから、そうしたいということだ。」


前提(自分の立ち位置について)

本題に入る前に、自分のそれぞれの当事者に対する考えを、述べておきたい。
なぜかと言うと、ナワリヌィを含む反汚職基金は正直嫌いであり、モスクワのこだま、その後継であるЖивой Гвоздьは自分のお気に入りのメディアのひとつであり、意識的にも無意識的にもヴェネヂクトフ側に肩入れしがちになると思われる。

ナワリヌィはそもそみ話し方のスタイルが苦手であり、2020年の憲法改正投票のボイコットに関しても正しい行動とは思えなかった、というのがある。
また反汚職基金に関しても、この状況においてもあまりに潔白を求める姿勢は、正直賛同しにくい。

FBKのメディアマネジャー・調査報道部長のマリア・ペフチフのロングインタビューから、「妥協者」への批判。

ヴェネヂクトフに関しては、大ファンだとかそのような特別な感情を持っているわけではないが、非政権側の見方を提供するプラットフォームを組織し続けているという点で、尊敬している。

ヴェネヂクトフ「制裁リスト」入りから、汚職に関する動画について

元々反汚職基金とヴェネヂクトフは、良好な関係とは言えなかった。

ヴェネヂクトフは、悪名高い「遠隔電子投票」を支持し、それが大規模な選挙結果改ざんをもたらした、というのが理由だ。

2021年モスクワ市議会選挙に関するヴェネヂクトフのコメント。選挙立会人組織のトップを務めていたが、電子投票結果の無効化には反対した。

これを理由とし反汚職基金は2022年10月、ヴェネヂクトフを「リスト6000」として知られる汚職者・好戦者リストへと加えた。

マリア・ペフチフも前出のインタビューで「ヴェネヂクトフは金のために電子投票を支持している」と発言していた。

このインタビューの時に「証拠もなく糾弾するのは、正しくないしペフチフ の信念にも反するのでは」と考えていたが、ついに出てきた。
反汚職基金はモスクワ市の「私の地区」プロジェクトに関する汚職の被疑者の1人として、ヴェネヂクトフを挙げたのだ。

反汚職基金によると、別法人をつくり厳しい監査の目を逃れた「私の地区」プロジェクトから、「私の地区」という雑誌をつくるという名目でヴェネヂクトフの会社に2019年から2021年の3年間で計6億8050万ルーブルが支払われ、そのうち2300万ルーブルが様々な名目でヴェネヂクトフ個人に支払われた。

上記の「賄賂」によってヴェネヂクトフは電子投票を支持し、またモスクワ市政府の施策に賛同する発言を繰り返している、とした。

ヴェネヂクトフの弁明、ヴォルコフのオリガルヒ制裁解除の嘆願書、活動停止

この動画が出た翌日、ヴェネヂクトフは自らのフェイスブックを更新し、当該収入を認め(当プロジェクトへの参加は2020年にBBCのインタビューでも発言)、それが正当な収入であるというコメントを発表した。

Ну что, отвечу вам, своим подписчикам про «собянинские деньги», смотрел вчера все наши документы за 3 года. Если чего...

Posted by Алексей Венедиктов on Tuesday, March 7, 2023

その後ヴェネヂクトフは、反汚職基金の政治部門トップであるレオニード・ヴォルコフが署名した、ロシア最大級の金融機関アルファバンクグループの4名を欧州の制裁対象から外す嘆願書を公開した。

以前ヴォルコフはTwitter上で「反汚職基金は制裁解除のためのロビー活動はしない」とコメントしていた。

そしてこのヴェネヂクトフが公開した嘆願書には署名していないとも。。

その後、ヴェネヂクトフは反汚職基金のフォーマットで昨年10月に出された書簡を公開。そこには欧米の制裁から抜け出る仕組みがなく、特にプーチン政権と距離を置こうとしているビジネス界の人間が制裁対象であり続けているという問題提起と、その例としてアルファバンクグループを提示している。

これを受け、ヴォルコフは書簡を出したことを認めるに至った。

ヴォルコフはこの書簡を送ったこと、更に言うと他の基金メンバーの了解を得ず、個人ではなく基金の代表として送ったことを政治的な過ちとし、基金としての処遇が決まるまで、全ての政治活動を停止すると発表した。

一連の出来事についての考察

ここまでは一連の出来事を時系列的に追ってきたがが、ここからは自分の考えを書いていきたい。

ヴェネヂクトフがこのプロジェクトから資金を得るべきであったか、またその金額の一部の妥当性については議論されるべきだろう。
また、個人的にはそれが賄賂によってなされたと思わないが、電子投票を今のロシアで行うことを推進したことは、糾弾されるべきだろう。

この問題が提起されてからヴェネヂクトフはさまざまな媒体で発言しているが、いわゆる欧米的なメディアの独立性保持という観点では、欠けている部分があると思う(今までのロシアではそれを自らのレピュテーションで乗り越えてきたのだろうが)。
その意味で、この調査報道自体は意義のあるものであっただろう。

ただ、だからといってヴェネヂクトフを国営放送のプロパガンディストと同列に並べて糾弾することは正しいと思えない。

特に、開戦前の出来事で、反戦の方向性を明確にしている人々を「何かしらの妥協を過去していたのだから同罪だ」と断罪することは、少なくとも政治的には正しくないだろう。

反汚職基金は汚職を追求するメディアであると同時に、ロシアで最も知られた反体制派政治集団である。
その政治集団が、反戦派の一部を攻撃する意義を、全く見いだせない。

今回の調査はモスクワ市政府の汚職問題がメインテーマと言っているものの、ヴェネヂクトフを糾弾し、そのレピュテーションを毀損しようとする面が明らかにあったと思う。
(ちなみにソプチャクやRTVIも槍玉にあげられているが、モスクワのこだま/ヴェネヂクトフと比べると、「リベラルさ」の度合いが異なり、反響も異なった。)

そこにあったのは、一切の妥協を認めない姿勢である。

ヴェネヂクトフは反戦を明確にしているロシアのジャーナリストの中でも、ノーベル賞を受賞したノーバヤガゼータのムラトフ編集長などと並ぶ、影響力のある人物である。

政権側とも関係はあり、モスクワ市とも必要であれば手を結び、妥協を重ねていくことで、自らの関心を実現させてきた。
これは、クセーニャ・ソプチャクのインタビューで「自分は妥協の人であったし、これからもそうだ」と述べていることからも分かる。

この妥協、という言葉には賛否があるだろう。特に、この凄惨な戦争をもたらした一つの要素として妥協があったことは間違いない。

一方で、一切の妥協を許さず、清廉潔白さを求め、そうでない人々を糾弾し攻撃していくという革命主義的な姿勢に、皆が皆ついていけるわけではない。

その中で今回、ヴォルコフが妥協ともいえる、自らの制裁リストに名を連ねる人物を制裁から外す「取引」をしたことが明るみになった。

この行動自体も賛否が分かれているが、当のヴェネヂクトフも賛同しており、私も欧州の制裁から外れる道筋が見えない限りは民間セクターが欧米の制裁を逃れ、自らの利益と安全を確保できるプーチン政権下に戻る可能性をはらみ続けると考えるため、否定はしない。

一方で今までの反汚職基金の姿勢からは許されるものではなく、全ての役職が停止され審判を待つものの、何らかの処分が科されることは間違いない。

清廉潔白を他者に求めてきた勢力だからこそ、少しでもそこから外れる行動がみられると、その行動の成否に関わらず、このような結果になるのである。

反汚職基金について

3月12日、反汚職基金のリーダーであるアレクセイ・ナワリヌィが自らを毒殺しようとした勢力を暴き、帰国し逮捕されるまでを描いたドキュメンタリー映画「ナワリヌィ」が、米アカデミー賞最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞した。

ナワリヌィ自身はさまざまな勢力から一目を置かれており、獄中でなければ反戦・反体制運動の明確なリーダーとなっていたことは間違いないほどのレピュテーションを持っている。

ではナワリヌィ逮捕後の反汚職基金がどうかというと、リーダーの不在が大きく響いているように感じる。

反汚職基金は現在ヴェネヂクトフとだけではなく、人気政治家のマクシム・カツ、ユコス元社長でプーチンにより獄中に捕らえられたミハイル・ホドルコフスキーのグループとも微妙な関係になっている。

亡命反政権勢力の中で最も知名度が高く、最も力を持っている一方、その勢力が力を合わせていくうえで、最も問題を抱えているのは彼らだろう。

今回のアカデミー賞を含めメディア関連での露出が増えているマリア・ペフチフは、ヴォルコフ失脚後の基金でより力を持っていくだろうと考えられる。
有能な調査報道者ではあると思うが、非常にラディカルで、妥協する人々に関して悪態をつくような面も見られることもあり、個人的には嫌いである。

反汚職基金が作成した制裁リストに関し、「リストから外れるには、反戦の宣言をするとともに、過去の汚職の証拠を私の元、私の部署のところに持ってくればいい」という発言があったが、本人たちは否定するものの、検察か裁判官か、という印象をどうしても受ける。

外してほしければ密告を、というのは、必ずしも万人が受け入れられる仕組みではないだろう。

ペフチフだけでなく、他のメンバーも「自分たちの制裁リストはあくまで推奨の域を出ず、法的拘束力はない」と話している。
しかし反汚職基金は政治団体で、現体制崩壊時には与党になる可能性が最も高い政治勢力であり、上記意見は無責任ではないだろうか。

その団体が、ここまで述べてきたような排他性と急進性を持ち、また数千人の人間を糾弾するリストを持って活動していることには怖さもあるように思う。

今回のアカデミー賞受賞でさらに注目は高まるかもしれないが、必ずしも「プーチンに対抗する善の勢力」とは言い切れない、危うさを持った集団であると、私は考えている。

おわりに

正直この戦争下で、反体制勢力が団結するどころか互いにヘイトを投げ合っている状況は、くだらない。

それだけ反政権側にも問題があり、脛に傷がある人間ばかりなのかもしれないが、それを激しく糾弾し続けていくことは、ともすれば「ロシア国民は皆クズなのだから問答無用に潰してしまえ」という考えを呼び起こす危険性すらある。

今は必要以上のヘイトを行っている場合ではない。
ロシアの勢力は戦争賛成か反対かで分かれ、反対派はそれを一刻も早く止めるために、いったん妥協してでも行動していく、そのような姿勢が見たいと思う。

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