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#10 会食恐怖症

紳士淑女の皆さんこんにちは。記念すべき10個目のトピックということで、今日は自分が一番書きたかったことについて書きたいと思います。
それは僕の心に染み付いている呪いについてです。




僕はクソガキの頃から会食恐怖症という変な症状に苦悩しながら生きてきました。本当に小さな頃からです。多分覚えてる限りでは3歳くらい。


会食恐怖症と言ってもポカーンとしてしまう方が多いと思いますので具体的に言うと人との食事の際に、異常な吐き気やめまい、体の震え等に襲われる心の病です。


本来人との食事の時間というのはとっても楽しい時間で、重要なコミューニケーションのツールでもあります。その人との食事が地獄に豹変すると言ったらこの症状のキツさが伝わるでしょうか、、。



※ちなみに常にこういった症状が出るわけでなく1人で食べる時はもちろん、家族や親戚、気を使わない慣れた1部の友人との食事では人並みには食べれます。(じゃないと餓死します)
(追記)あと今だいぶマシになってきました🌟


さて、覚えている限り発症のきっかけは幼稚園の先生でした。元々自分は食欲旺盛で、幼稚園での昼食の時間も楽しんでいた記憶があるのですが、ある日弁当に入っていた鮭が不味すぎてそれだけ残してしまったんですね。すると担任のババアに謎に激怒され、その次の日からなぜか急に弁当が喉を通らなくなってしまいます。その年の終わりに転勤するまでイビられ続け、気づいたら人前で飯が食えないようになってしまいました。それくらい幼児の心はデリケートで、その時の根源的なトラウマは呪いのように心に縛りついてしまうんです。(普通に今でも担任のババアは死んでほしいくらい恨んでます)


そして特にこれまでの人生でキツかった記憶にあるのは小中学校の給食ですね。自分の中で担任の当たり外れは給食を残させてくれるか否かで100%判断していた記憶があります。ハズレを引いた時の地獄のような感情は思い出したくもありません。本当は食べたいのに偏食な変な奴扱いされ、プレッシャーを与えられ続けた年もありました。それによってさらに人前での食事が苦痛になり症状が悪化していく負のスパイラルでした。マジで不登校になりかけたこともあります笑


中学を卒業して給食の時代を抜け、ようやく苦しまなくて済むと思ってたのですが高校になっても部活の合宿や修学旅行、調理実習などで辛い思いをする事が多かったです。本来これらの行事って楽しいものだと思うのですが、自分の場合は食事というイベントが付随することが分かった時点で不安感に襲われ、それが実際食事の時まで続いたので心から楽しめることはありませんでした。みんなで楽しんでて自分も表面上は笑っていても心の中でなんでこんな事で苦しまなければいけないのかと自己嫌悪に陥ってばかりでした。



さらにキツイのが恋愛です。普通に人前で食事もできないような人間が、女の人と1対1で食事に行くということを想像するとどうしても拒否反応を起こしてしまっていました。何度かあった高校時代のかけがえのない恋愛の機会も泣く泣く逃してしまいました。面食いや思わせぶりなどのレッテルを貼られて割と鬱でしたがまあ隠して道化を演じる他ありませんでした。非常に後悔しておりますが仕方ありません。


大学に入ってもこの呪いは僕を苦しめ続けました。正直ここまでこの地獄が続くと思っていませんでした😅
サークルではご飯に行きそうな場面を極力回避して過ごしていたためあまり先輩との関係値が深くありません。一度合宿に行った時も本当にキツくてもう行く気が失せてしまいました。


この苦しみから抜け出したいと思い色々ともがきました。インターネットで会食恐怖症に関するサイトの文献を読み漁ったり、メルマガを登録したり、本を取り寄せたりしたこともありました。でも載ってる情報は大体人と食事に行く機会を増やして少しずつ慣らしていこう!みたいな気休め的結論に帰着してしまい、根本的な解決には全くなりませんでした。


そんな中自分の中で諦めが芽生えてきて、最近は逆に人前でご飯が食べられないことを自分のアイデンティティにしてしまおう!という発想が湧いてきました。食べられないのは辛いですが、逆に食べ切ることを放棄して自分が好きなだけ食べるようにすれば気が少し楽になってきたんです。
そのせいか最近友達と飯に行くとけーたは全然食わんからなぁとイジられますがもはやキャラ付けしてしまうことで一周回って心が軽くなりました。吐き気に襲われることも減ってきました。


このマインドはこの呪いから解放されるための重要な鍵になって来るのではないかと思うようになりました。人は別に相手が食べていようが食べてまいが気にしない。食べなくてもいい。「食べなくてはならない」という長年に渡り押し付けられてきた固定観念が自分を縛り付けていることは明白です。


年季の入った認知の歪みを治すのはそう簡単ではないです。でも気を楽にして凝り固まった心のズレを少しずつ治していきたいと思っています。最近は結構ポジティブになれてきていると思います。つらい思いをすることはこれからもあるでしょうが頑張っていきたいです。


なんでこんなことをテーマに記事を書いたのかと言いますと、少しでもこの「会食恐怖症」の理解が広まって欲しいからという思いがあるからです。どうしても「食事=楽しい」の価値観が当たり前すぎて中々一般社会に馴染みづらい症状です。でも実際にきつい思いをしている人が沢山いる。だからこそこういう人たちもおるんやな程度にでも知っておいて欲しいなっていう願いを込めて書いてみました。(このクソ記事を読む人がほぼ0に等しいということは承知の上で)


特別編でしたさようなら。

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