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名もない物語 第三話

毎週金曜日の20時からRBCにて放送されているラジオ番組「シンカの学校」に投稿した文章です。採用されたのは一部でして、このまま闇に消えるのも勿体無いのでここで書き出しておこうと思います。なお、第一話は番組側が制作されたので、僕の文章はニ話以降からです。

名もない物語 第三話
部屋の中は割と広かった。
先ほどより広く感じるのは気のせいではない。ここが私の心の中だとしたら、私の気の持ちようで変わるはず。物の配置もどこか違っている。
だから、あの男の話は合っている事になる。

改めて部屋の中を確認する。
先ほどまで寝ていたベッド。テーブルの上の空のペットボトルと乱雑に置かれた雑誌。妙に角張った食器棚の横にあるコーヒーメーカー。
靴下を探していたタンス…は見つからない。
窓はあるが、鍵がかかっているのかやはり開かない。窓際にあるフォトフレームの中の男は相変わらず笑っている。前より憎たらしく見えるその笑顔にあっかんべーをして、足元のペルルを見た。
彼女は片隅の一点を凝視していた。そこには変わった形の机ともう一枚のフォトフレームがあった。いや現れたという方が正しい。
フォトフレームを手に取ると、またもや私と恰幅の良い男性と見知らぬ女性が写っていた。こうして見ると家族のようにも見える。
「思い出したかい?」
ペルルが突然聞いて来た。
「いえ、何も。…ねえペルル、貴女が何か知っているなら教えてくれない?」
「アタシは案内猫だよ。導く事しかできないのサ。さっきの電話を思い出してご覧」
そう言ったきり黙ってしまった。
私は星形の椅子に座り考えてみた。
〜あの男はゲームだと言った〜
〜ならばこの部屋で何らかのゲームがあるはず〜
「鬼ごっこ、かくれんぼ、しりとり…」
「良い調子だ」ペルルが口を挟む。
「室内なら…トランプ、オセロ…」
「他には?」
「パズル…」
「ご名答!」ペルルは嬉しそうに微笑んでる…ように見えた。
「でもパズルなんて、この部屋には無いよ!今から現れるとでも言うの?」
「よく見てご覧よ」
私は部屋の中を見渡した。
「どこにもそんなものは無い…あっ!」
言われて見るまで気づかなかったが、この部屋にある家具や装飾品はどこか変だった。へこみがあったり角ばっていたり。
まるでこの部屋自体がパズルではないか!
「ようやく気づいたようだネ。そうさ、ひとつずつピースを当てはめてご覧」
私は導かれるようにパズルを始めた。

座っていた椅子を机に押し込む。ピタリとハマった椅子は音をたて、光を放った。
そうして一つ思い出した。
「私は沖縄に生まれ育ち、子供の頃は活発で元気な子だった」さっき思い出した記憶の欠片が輪郭を持って蘇ってきた。
次にベッドの脇にあるポケットに、乱雑に置かれていた雑誌を差し込んだ。雑誌は隙間なくはまり、また音を立てて光った。
「成長し、学業やスポーツに専念した。恋をしたのもこの頃」
頭のモヤが晴れていくような感覚。記憶が遡って蘇り、現在に向かって来ているようだ。
更にペットボトルを食器棚の横にはめ込む。吸い込まれるようにはまり、光を放った。
「私は素敵な両親に愛されて育った。」恰幅の良い優しい父といつも温かい眼差しの母。
そう、あのフォトフレームは私の両親なのだ。
どうして忘れていたのだろう。
フォトフレーム二つを手に取り、机の真ん中にあるへこみにはめ込む。今度は静かに光を放つ。
「ある悲しい事故で母が亡くなり、父は忘れるかの様に仕事へ没頭し、取り残された私は…」
「私は…」
「私は…自分の心の中に逃げて、この世界から閉じこもった…」
涙が溢れて止まらなかった。
ほとんどの記憶が蘇って来た。
私はいつからか自らを閉ざし、この心の中の部屋に隠れていたのだ。それなのに、外へおいでと手招きする誰かがいる。
「思い出したかい」
ペルルが優しい口調で話しかけて来る。
「うん、ありがとう。だいぶ思い出した。」
「そうかい、そいつは良かった。あとはアレだけだね。」
部屋の隅に、見慣れたタンスが現れていた。
中身はもう知っている。
ペルルに聞いた。
「あの靴下は誕生日プレゼントだったんだね。」
「そうさ、あの日渡せなかったものサ」
「靴下を受け取るとどうなるの?」
「ゲームに勝てるということサ」
「うん、分かった」
私はタンスを開け、靴下を手に取った。
靴下の周りから段々と光が溢れていく。それと同時に体が浮いて上に引っ張られていく感覚がある。まるでこの部屋から脱出するかのように。
「達者で暮らすんだよ。」
「うん、ペルル…お母さんも元気でね!」
上空に舞い上がった私は、小さくなっていくペルルに別れを告げた。私のその言葉がペルル…母に届いたかは分からない。老婆の声だったが、あれは間違いなく母の声だった。
私を助けに来てくれたんだ。
泣きながら舞い上がり続けた私は、ようやくこの世界へ「帰ってきた」
続く

※番組に採用された話は結末がちがっており、前の二話や次の四話と繋がっていない事をお断りしておきます。

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