ぼくと街金 その3

王様のいう、「あんちゃん」は、誰もが知る会社の大会長でした。


働くといっても、大会長の会社で雇ってもらえるわけではなく、大会長の資産を金貸しで運用するひとたちと一緒に働け、という意味でした。

結局、金貸し。

でも、法定金利。おばあちゃんの口座を使わなくてもいい。

しかも、勤務地は東京。即決でした。3ヶ月ぶりに東京に帰れる。
3ヶ月家賃払ってない我が家に。


おじさんの許可をもらい東京に帰りました。

おじさんは、
「頑張れよ。」
と励ましてくれたのと同時に、
「これ集金してこい。」
と、関東方面の債務者リストを渡してきました。まだコキ使うんです。

この時点で、おじさんから借りた100万円は月1割の利息にオマケしてもらっていました。



福岡で鍛えた土下座テクで大家さんにもお許しをいただき、ぼくの街金生活、いよいよスタートです。


新しい勤務先はスーツ着用です。
福岡の闇金事務所は、だぼだぼジーンズにネックレスじゃらじゃらしたクソラッパーとか、上下ジャージの双子とか最悪の環境でした。


王様に、スーツ持ってないんですと嘘ついたら、
スーツカンパニーで2着買えるくらいの現金が支給されました。
この頃には、グループ全体の頭脳扱いされてたので、ちょろいもんです。

王様の汚い字で書かれた住所のメモとおり、上野の雑居ビルを訪ねました。


"福岡から頭脳が来る"      VIP待遇を妄想してました。
「ささっ、せんせい、こちらの席です。わたしたちのエクセルもお願いできますか。」

甘かったです。東京には上がいました。いま思えば当然です。

すっぴんで常に浮腫んでる女子事務員、毎日超絶機嫌悪いんですけど、エクセル達人でした。債務者リストもおしゃれに色付けされてて、なんて見やすいの。

聞けば、某大手OL→飲み会のあとサパーのキャッチに引っ掛かる→どハマり→ホストも楽しい→週4でキャバクラでバイト→昼間眠い→本格的に夜の蝶→ほんとは昼間働きたいの→メンタルやられる→常連の金貸しが水揚げ と、典型的な堕落事務員でした。


普通の会社を想像していました。
仕事帰りにみんなで飲みに行って、上司の愚痴で盛り上がって、かわいい女子社員もいたりして、社内恋愛とかあって、ノルマ未達のやつ励ましたりとかして。


みんなすごいガラ悪いんですけど…福岡とぜんぜんかわらないんですけど。

仕事終わりの飲み会はありました。ほぼ毎晩ありました。
飲みに行ったら高確率でケンカするやつしかいませんでした。
従業員同士、ほかの客、店員、通りすがりの人。

尾崎豊の世界、だれかのケンカの話にみんな熱くなり。毎朝恒例です。


新人が買った高級靴を、
マサカリ投法で不忍池に投げ込むやつらでした。

カラオケボックスで
「ビールピッチャー10!!ダッシュで!!!」
とか注文してビールかけするやつらでした。
くるぶしくらいまでビールが溜まった部屋で、似てない桑田佳祐とか唄うやつらでした。

気持ち悪くなって部屋から飛び出し、トイレまで我慢できず、廊下にぶちまけるやつらでした。
知らずに通ったほかのお客さんが踏んで滑って塗れてるのを見て、爆笑するようなやつらでした。お客さん、泣いてました。おじさんなのに。

コットンクラブで踊る嬢に、
半裸で絡んでボーイにつまみ出されるやつらでした。

泥酔して爆睡してる上司の腹に顔描いて、
「腹話術!」
で大爆笑できるやつらでした。
上司の背中の不動明王はちょう怒ってました。



最悪です。福岡より最悪です。


そんな最低な街金生活と並行して、おじさんの債権回収もしなければいけません。

某社を訪問すると、先客がいました。よくあることです。
ガン詰めされてる社長と、ザ・闇金の3人組。
数人いた事務員さんは視界を前方10センチくらいにできる能力があるようです。
ぼくに気づいてくれません。


超絶高利貸しのひとって、すぐテーブルの上に足をあげて背もたれギーコギーコするんですけど、靴が汚いとか、合皮じゃね?とか、突っ込まれ要素を自ら提供するアレ、なんなんでしょうか。

「あのーうちも集金なんですけど。」

「あぁ!?ワシらがいるの見えてんのに言ってんの?見えてないの?なぁ?」

「ぼくに絡んでもしょうがないんすけどね…待ってます。」

社長が助けてって視線を送信し続けてきます。
いや、ぼくも集金に来てるんですけど。


競合他社の猛攻で回収難航してると、おじさんが債務者に直接架電します。

「おい社長!ワシの後回しにしてんのなんで?ワシ出張らすの?」

「え、こないだ払いましたけど。」

おい社長、ほかの取立てとごっちゃになってるやんけ。

おじさん、ぼくが使い込んだとちょうキレます。

「いや、もらってないですよ。よそと勘違いしてるんじゃないですかね。クソ債務者とぼく、どっち信用するんですか。」

「おまえもクソ債務者やけん、どっちもどっちやろが。はらかくけん、二度と電話してくんな。」

はい、おっしゃるとおりです。まだ債務者です。元金の3倍くらい払ってるクソ債務者です。

3ヶ月、コツコツ築き上げた信用も、一瞬で崩れます。
しかも第三者の適当な発言で。

でもおじさん、翌日には、

「東京でしか手に入らん靴あるんや、こないだ藤原ヒロシが履いてたやつや。3足くらい買って送ってくれんか?」

と電話してきます。東京限定を同サイズ3足仕入れろとか、無茶しか言いません。



あの頃のぼくは、おじさん奴隷のストレスをぜんぶ債務者のひとたちにぶつけていました。
債務者だった皆さん、元気ですか?あのときはごめんなさい。
ぼく、どうかしてたんです。実は、ぼくもあなたと同じ債務者でした。

ぼくは今、あなたたちをネタにして数万円を稼ごうとしています。
貴重な経験を、ありがとう。

ぼくとあなたが落ちた借金の穴。
底なし沼に落ちた。助けて。誰も助けてくれない。どうして、どうして。

這い上がろうと踠けば踠がくほど深みにはまる底なし沼。

でも実は、あなたの落ちた穴、上からみたら底が見える小さな穴。

だいじょうぶ、無理しない。借金なんかに身体張らない。

ほら、ぼく今、街金。生きてます。

はい、まだ続きます。






ほんとにぼくでいいんですか?