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工法普及団体による標準施工歩掛の策定

しばらく間が空きましたが、独占禁止法に関する相談事例集(令和元年度)の解説を続けます。今回は事例9です。

事案の概要

コンクリート構造物の補修・補強工法であるA工法の普及活動等を行うX協会が、A工法での標準施工歩掛を策定し、ウェブサイト等で公表するという取組を計画したものです。

コンクリート構造物関連の土木工事(特定土木工事)においては、多くの公共工事の場合、まず設計業者による設計入札が行われ、その上で、当該設計を実現するために施工業者による工事入札が行われます。設計入札の結果、特定の工法が採用されるようにするためには、設計業者において、技術面の検討だけでなく、特定の工法を採用した場合の標準的な工事価格を算出できるようにしておく必要があります(2〔相談の要旨〕(2)ウ)。

標準施工歩掛とは、単位面積を何人で作業すると何時間かかるかを示す標準的な工数です。X協会が作成したA工法の標準施工歩掛は、主に、X協会の会員の設計業者が設計入札で用いることが想定されていますが、会員の施工業者が工事入札で用いることもありえます(2〔相談の要旨〕(3))。

X協会は、A工法の標準施工歩掛について、X協会の事務局が会員の施工業者から特定土木工事でのA工法に必要となる標準的な作業員の人数及び作業時間のデータを収集して集計し、その平均値を算出して用いることとしています(2〔相談の要旨〕(3))。

本取組の概要図は次のとおりです(出典:公正取引委員会ホームページ)。

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生じうる独禁法上の懸念は何か

事業者団体が、商品や役務の供給に係る競争を制限することは、事業者団体による競争の実質的制限(独禁法8条1号)や事業者団体による構成事業者の機能又は活動の不当制限(独禁法8条4号)として問題となりえます。

価格そのものを取り決めるものではなくとも、現在又は将来の価格についての共通の具体的な目安として機能するような行為は、価格の取決めに準じて独禁法上問題となります(実践知51頁)

特定土木工事の設計入札や工事入札において設計業者や工事業者が入札価格を決定する際には、単位面積当たりの工数(施工歩掛)に作業員の工賃を乗じた人件費が考慮要素となります。

X協会がA工法の標準施工歩掛を策定することは、A工法についての工数を共通化し、X協会の会員である設計業者間や工事業者間での特定土木工事の設計入札や工事入札における競争を人為的に回避しようとするものではないかとの懸念を生じさせます。

本件取組を行おうとする目的は何か

競争者間の協調的取組が、もっぱら競争を制限することを目的とするものであり、それ以外に特段の合理的な目的が認められない場合には、通常、そのような行為自体が反競争的です。
そのため、それが実効性をもって行われたならば、競争阻害効果の有無を厳密に分析するまでもなく、独禁法違反となりやすいといえます(実践知16~17頁、41~42頁)

会員の積算能力の向上

X協会が本件取組を行おうとする目的は、次のとおり、会員の積算能力を向上させることにあるとされます(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)ア)。

本件取組は、主にX協会の会員である設計業者又は施工業者の入札一般に係る積算能力の向上に資するため、本件標準施工歩掛を策定・公表するものである。

X協会の会員としてA工法を設計・施工する設計業者や施工業者のほとんどは中小の事業者であるとされます(2〔相談の要旨〕(1))。そのため、各会員が独自にA工法の施工歩掛を定めることは容易ではなく、また、それは不効率であると考えられ、X協会として標準施工歩掛を定めることは、構成事業者の積算能力を向上させ、競争力を高めるものとして合理性があるといえるでしょう。

工法間競争の促進

また、本件取組は、特定土木工事における競争を促進するものであると評価することもできそうです。A工法が特定土木工事に採用されるためには、設計段階において、他の既存工法との競争に勝ち抜く必要があります。A工法は、次のとおり、既存工法よりも効率性に優れたものであると説明されています(2〔相談の要旨〕(2)ア)。

コンクリート構造物の補修・補強に係る工法としては、広く普及している標準的な工法が存在するが、A工法は、標準的な工法と比べて、作業効率が高いという特徴がある。

しかしながら、以下のとおり、特定土木工事分野においてA工法は、ほとんど施工実績がない状況にあります(2〔相談の要旨〕(2)イ)。

A工法については、建築工事の分野では一定の施工実績があるものの、建築工事における需要は頭打ちになっており、これ以上の普及は余り期待できない。このため、X協会では、現時点では施工実績がほとんどない土木工事(高速道路、橋等の補強)の分野に、A工法の普及活動の範囲を広げることとした。

本件取組は、効率性に秀でているが市場にほとんど参入できていないA工法の普及に資するものであり、特定土木工事に関する工法間競争を促進しようとするものであるともいえるでしょう。

入札の適正化

なお、標準施工歩掛を定めることは、工事の発注における公平性・透明性を確保することに資するものであり、国土交通省においても、適正な予定価格を算定することを目的に、各種工事の標準施工歩掛を定めています。A工法については、おそらくそのような公的な標準施工歩掛が存在せず、X協会はそれを補完するものとして自ら標準施工歩掛を策定しようとするものといえるかもしれません。
X協会は、策定した標準施工歩掛を会員間だけで共有するのではなく、ウェブサイト等で公表するものとしています(2〔相談の要旨〕(3))。このことは、X協会による標準施工歩掛策定の目的の正当性を裏付けるものといえるでしょう。

正当な目的を実現するために合理的に必要な範囲内での取組か

X協会は、A工法の標準施工歩掛を策定するに留まり、入札に当たって積算価格の算定の要素となる作業員の工賃といった工数以外の要素については一切記載しないものとしています(2〔相談の要旨〕(3))。

また、X協会は、次のとおり、標準施工歩掛は、収集した作業員の人数および作業時間のデータの平均値のみを記載し、収集した個々のデータは会員に開示しないものとしています(3〔独占禁止法上の考え方(2)ウ〕)。

X協会の事務局が収集した個々の施工業者のデータについては、会員に対して開示しない。また、本件標準施工歩掛の策定のためのデータ提出に当たっては、X協会の会員の施工業者の間で情報交換を行わない。

このように、X協会における本件取組は、正当な目的を実現するために合理的に必要な範囲内に留まっているといえるでしょう。

競争阻害効果は生じるか

次に、本件取組による競争阻害性については、次のとおり指摘されています(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)イ)。

 特定土木工事の入札価格(積算価格)は、本件標準施工歩掛の工数だけでなく、工数以外の要素を総合的に検討して決定される。そして、工数以外の要素については、X協会の会員である設計業者や施工業者によって数値が異なるが、本件標準施工歩掛には一切記載されない。
 このため、X協会の会員が本件標準施工歩掛の工数を使用するとしても、当該工数は、特定土木工事の入札価格について共通の目安を与えることにはならない。
 なお、本件標準施工歩掛がA工法に係る積算金額の目安とならないということは、国、地方公共団体等による入札案件以外の特定土木工事についても同じである。

標準施工歩掛を定めることは、入札価格を積算する上での変数の一部を競争者間で事実上共通化するものですが、特定土木工事の入札価格の積算においては、工数が共通化したとしても、作業員の工賃、原材料の調達価格、原材料の使用量、原材料のロスの割合、各種経費等、他にも多くの要素が変数として残っています。そのため、本件取組によっても入札価格の積算における共通化割合は僅少であり、競争者間に入札価格についての共通の目安を与えることとはならず、競争に影響を与えるものではないと評価されたものといえるでしょう。

実践知!

価格の構成要素の一部を競争者間で共通化する取組であっても、それが価格について共通の目安を与えるには至らないものであって、積算能力の向上や競争の促進といった正当化理由が認められる場合には、その実現に必要な範囲にとどまる限り、独禁法上許容されやすい。



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