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事業者団体による価格の実態調査

2021年6月9日、「独占禁止法に関する相談事例集(令和2年度)」が公表されました。昨年同様、興味深い事例を数回に分けてご紹介していきたいと思います。

今年の相談事例集では、事業者団体による情報活動が幾つか採り上げられています(事例1事例2事例3事例10)。その中でも事例10では、珍しく「独占禁止法上問題となるおそれがある」と指摘されました。

事例10の概要

事例10の相談者は、業務用設備である甲製品のメーカーによって構成される事業者団体(X協会)です。甲製品については利用の終了に伴って産業廃棄物(特定産業廃棄物)が発生するため、甲製品の各ユーザーは、特定産業廃棄物の運搬を専門の運搬業者(特定運搬業者)に委託しています。そうしたところ、X協会は、公的機関Yから、「特定産業廃棄物の処理の実態を把握するため、特定産業廃棄物の収集運搬に関して調査・報告してほしい」との委託を受けました。
そこで、X協会は、特定運搬業者にアンケート調査(本件調査)を実施し、調査結果を取りまとめて公的機関Yに報告することを検討しています。本件調査では、特定運搬業者がユーザーから実際に受託した特定産業廃棄物の運搬受託料の情報を徴求し、その情報を基に、運搬量別・運搬距離別に受託料の最小値・最大値・中央値・平均値を算出し、公的機関Yに報告することが計画されています。そして、公的機関Yは、X協会から報告を受けた調査結果をウェブサイトに掲載し誰でも閲覧できるようにする予定とされています。

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こうしたX協会による本件取組につき、公正取引委員会は、結論として「本件調査の結果は、本件受託料について、主要な特定運搬業者の個々の金額が推定可能であって、概括的に提供されるものとはいえず、特定運搬業者に対して、現在又は将来における本件受託料についての共通の目安を与えるおそれがある」として、独占禁止法上問題となるおそれがあるとしました。

その理由として、

受託料のデータ総数は、全ての対象から回答が得られたとしても50件に満たず、X協会が回答率を50%以上と見込んでいることからするとデータ総数は20件強にとどまる可能性もあることから、統計処理を行っても、個々のデータの内容を推測できるようになる可能性が高いこと
調査結果については、特定運搬業者が閲覧することが可能であること

が挙げられました。

事業者団体による情報活動についての考え方

事業者団体による情報活動については、価格等の競争手段に関して競争者間で共通の具体的な目安を与えることによって、相互間での予測を可能にするような効果を生ぜしめることが懸念されます。それにより価格維持効果が生じる場合には、事業者団体による競争の実質的制限(独禁法8条1号)等として独禁法違反となります。そのため、事業者団体が情報活動を行うにあたっては、競争者間に共通の具体的な目安を与えて相互間での予測可能性を高めることのないように注意を払う必要があります。

価格情報を収集することに関して、事業者団体ガイドライン(第2-9-5)は、過去の価格に関する概括的な情報を任意に収集し、それを客観的に統計処理し、価格の高低の分布や動向を正しく示し、かつ、個々の事業者の価格を明示することなく概括的に需要者を含めて提供することは、事業者間に現在または将来の価格についての共通の目安を与えるようなことのないものである限り、競争制限的な効果を持つものではなく、原則として違反とはならないものとされています。調査結果として単に平均値のみを示すことは共通の具体的な目安を与えるリスクを生じさせるものであり、平均値だけでなく最高値や最低値等を示すことが望ましいとされています。また、調査結果は、需要者に対しても提供されて初めて、市場の透明性を高め、競争促進効果が期待されることから、需要者を含めて提供することが求められています。【実践知52~53頁】

本件取組においても、平均値だけでなく最大値、最小値、中央値も示すものとされており、上記ガイドラインに沿った配慮がされていたものです。また、調査結果は、公的機関Yのウェブサイトで公表されるものとされ、透明性にも配慮されたものであったといえるでしょう。

しかし、それでもなお本件取組については、対象データ数が限定されており個々の対象者の価格情報が推測可能であるとして、問題とされました。過去の相談事例では、供給数量の情報収集に関し、全13社のうち上位3社で70%のシェアを占める寡占的な市場であり、一部の製品については2~3社しか製造していないことから、問題とされたものがありました(平成17年度相談事例集・事例13)。【実践知55頁】

事業者団体の会員とは競争関係にない非会員間の競争制限

さらに事例10の興味深いところは、本件取組による懸念として示されたのは、X協会の会員である甲製品メーカー間の競争阻害ではなく、別市場である特定産業廃棄物の運搬業者間の競争阻害であることです。

通常、事業者団体の行為が問題となるのは、当該事業者団体の構成事業者間の競争を阻害する場合です。本件取組の行為者はX協会ですが、特定運搬業者はX協会の会員ではありません。また、X協会の構成事業者である甲製品メーカーと特定運搬業者とは競争関係にありません。

しかし、条文の規定上、事業者団体の行為によって競争を実質的に制限する対象となる市場は、構成事業者の属する市場に限定されるものではありません。競争阻害行為の行為者は競争阻害が生じる市場や事業者と密接な利害関係を有していることが多く、競争阻害行為をなす動機が分かりやすいというだけであって、自らは直接の利害関係のない市場における競争を阻害することも独禁法上問題となり得ます。

本件において、X協会として、特定運搬業者間の競争を阻害する動機はあまりないように思われます。しかし、独禁法違反は故意がなくても成立します。X協会による本件取組によって、結果として特定運搬業者間の競争を阻害する効果がもたらされる場合には、独禁法上問題となります。

実践知!

事業者団体において、過去の価格情報を客観的に統計処理し、価格の高低の分布や動向を正しく示したとしても、対象者数が限定されており個々の対象者の価格情報が推測可能である場合には、独禁法上問題となりやすい。
事業者団体の行為によって、構成事業者とは競争関係にない非構成事業者間の競争を阻害する場合も、独禁法上問題となる。


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