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研究開発用化合物の共同購入と共同利用

連休中ですが、いつもどおりの週明け更新です。今回は、独占禁止法に関する相談事例集(令和元年度)の事例4を採り上げます。

事案の概要

医薬品メーカー10社は、コンソーシアムを設立し、医薬品の研究開発に用いる化合物(特定化合物)をコンソーシアムにて共同購入するとともに、それらを10社が自由に利用することのできるパブリックライブラリの運営を行うという取組を計画しました。

事案の概要図は次のとおりです(出典:公正取引委員会ホームページ)。

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生じうる独禁法上の懸念は何か

独禁法で保護される「競争」とは、商品を「供給すること」をめぐるものだけでなく、商品の「供給を受けること」すなわち購入をめぐるものも含まれます(独禁法2条4項)。
商品の需要者は、ある商品を入手すべく、供給者に対して少しでも高い価格を提示して競い合います。オークションをイメージすると分かりやすいですね。
ところが、複数の需要者が共同購入を行うと、そのような需要者間での競い合いがなくなってしまうという懸念が生じます。

需要者間での購入をめぐる競争が阻害されると、購入価格は競争メカニズムによって定まる水準よりも人為的に引き下げられることとなります。
需要者の購入価格が下がることは、需要者がその商品を川下で供給する場合における仕入コストを低下させることを意味するのであり、好ましいことではないか、なぜ独禁法上問題になるのかという疑問が湧くかもしれません。
しかし、コスト低減効果があるとしても、それが川下の顧客への供給価格に反映されるとは限りません。引き下げた仕入コストの差額をそのまま自分のポケットに入れてしまうかもしれません。
そもそも、購入競争を阻害する行為は、市場が有する競争機能を人為的に損なわせるものです。そのため、川下の価格が下がるかどうかにかかわらず、川上商品の購入分野における競争を阻害することは、供給競争を阻害することと同様、それ自体が独禁法上問題とされます(実践知94頁)。

それに加えて、共同購入によって、その対象となった商品やそれを利用して製造した商品の川下の供給分野における競争が阻害されることもあります。共同購入によって、川下の供給分野での競争者間で仕入コストが共通化することにより、競争の余地が減少し、協調的な行動が採られやすくなるからです(実践知95~96頁)。
また、共同購入に伴って、川下の供給分野における事業が共同化すると、当然ながら、共同購入とは別に川下市場での競争阻害も懸念されることとなります。

このように、共同購入により、その対象となる川上商品の購入分野における競争が阻害されるという懸念と、川下の供給分野における競争が阻害されるという懸念がダブルで生じることとなります。

本件取組を行おうとする目的は何か

競争者間の協調的取組が、もっぱら競争を制限することを目的とするものであり、それ以外に特段の合理的な目的が認められない場合には、通常、そのような行為自体が反競争的です。そのため、それが実効性をもって行われたならば、競争阻害効果の有無を厳密に分析するまでもなく、独禁法違反となりやすいといえます(実践知16~17頁、41~42頁)。

10社が本件取組を行おうとする目的は、

医薬品の開発を行うためには、化合物ライブラリにおいて多くの特定化合物を所有することが重要である

ところ(2〔相談の要旨〕(3))、本件取組によって、

効率的な創薬研究基盤の構築及び日本の創薬力の向上を図ること

にあるものとされます(2〔相談の要旨〕(4)ア)。これは、10社が特定化合物の共同購入を行い、それらを共同利用することは、特定化合物の購入競争を阻害することを目的としたものではなく、また、特定化合物を利用した製品の供給競争を阻害することを目的としたものでもないことを示すものです。

そのため、本件取組は、その競争阻害効果を詳細に分析することなく独禁法違反と即断できるものではありません。

購入分野において競争阻害効果は生じるか

購入分野における競争が阻害されるかどうかは、共同購入によって市場支配力が形成されるかどうか、換言すれば、共同購入によって牽制力がどれだけ減少するかがポイントとなります(実践知97~98頁)。

購入市場におけるシェア

本件においては、

特定化合物については医薬品メーカーのほかに農薬メーカー、化粧品メーカー、インクメーカー、食品メーカー等も購入しているところ、特定化合物の購入市場における本件取組による共同購入の割合は僅少であることから、本件取組は、一定の取引分野における競争を実質的に制限するものではなく、独占禁止法上問題となるものではない。

と簡潔に結論付けられています(3〔独占禁止法上の考え方〕(2))。

ここで重要なのは、川下市場で競争関係にない事業者も、川上の購入分野では競争者となりうるということです(実践知97~98頁)。本件では、医薬品メーカー10社の川下市場(医薬品供給市場)における市場シェアは不明ですが、仮にそれがかなり大きいとしても、川上(特定化合物)の購入市場では、医薬品メーカー以外の業種の事業者も競争者となることから、医薬品メーカー10社の購入シェアは非常に小さくなるというわけです。

共同購入の参加事業者のシェアというと、つい供給市場でのシェアを思い浮かべてしまいがちです。しかし、供給市場でのシェアが大きいメンバーによる共同購入であっても、その対象商品が他の業種や用途において用いられていないかを調査し、それらのユーザーを含めた購入者全体に占める購入シェアをみることで、購入分野における競争阻害効果が乏しいことを確認しやすくなります。

川下の供給分野において競争阻害効果は生じるか

それでは次に、特定化合物を利用した川下市場において競争阻害効果が生じるかです。

共通化コストの割合

本件では、結論として、「一定の取引分野における競争を実質的に制限するものではなく、独占禁止法上問題となるものではない」とされましたが、その理由として、公正取引委員会は、

10社によるパブリックライブラリの利用は基礎研究の初期段階で行われるものであるところ、10社の間で共通化するコストが医薬品の製造コスト全体に占める割合は小さく、医薬品の価格への影響は限定的であると推測される

と指摘しています(3〔独占禁止法上の考え方〕(3)エ)。
これは端的に、川下の医薬品供給分野において、本件取組により共通化するコストは僅少であることから、10社間で価格競争の余地の減少はほとんど発生しないというものであり、川下市場においても競争阻害効果が生じないことを示す決定的に重要な事実です。

川下事業も共同化するか

もっとも、公正取引委員会は、これに加えて、次の3つの事実を挙げています(3〔独占禁止法上の考え方〕(3)ア・イ・ウ)。

10社は、パブリックライブラリを利用して得た研究成果をコンソーシアム及び他の参加者に開示する義務を負わず、本件取組の実施後においても、各社が独自に医薬品の研究開発を行うこと
パブリックライブラリで共同利用する特定化合物の数は、推計では、国内の医薬品メーカーが所有する特定化合物全体の約1割程度であり、また、コンソーシアムに参加する場合であっても、特定化合物の独自購入及びパブリックライブラリ以外の化合物ライブラリの利用は一切制限されないこと
10社の間でパブリックライブラリ内の特定化合物の利用状況に関する情報を共有しないようにする措置が講じられること

これらの事実は、本件取組によっても、10社による医薬品の研究開発につき共同化するものではないことを示すものです。

「研究開発」競争?

ただ、研究開発競争それ自体は、独禁法で保護される「競争」には該当しません。前記のとおり、「競争」とは、商品を「供給すること」または「供給を受けること」をめぐるものであるところ(独禁法2条4項)、新たな商品を生み出すための研究開発活動自体には、取引や市場は通常想定されないからです(実践知118頁)。

そのため、研究開発の共同化によって生じる独禁法上の懸念は、研究開発が共同化することによって、開発される医薬品の多様性が損なわれ、それにより、医薬品の供給競争が乏しくなるというシナリオです。

しかし、その因果関係はかなり遠いものであり、実務上は、研究開発の共同化によって製品の供給競争が阻害されるという例はほとんど見受けられません。

公正取引委員会の上記の3事実の指摘は、直接的には、医薬品の研究開発競争を阻害するものではないことを示すものですが、独禁法上は、医薬品の供給競争の阻害の懸念がないことを(迂遠ながら)示すものと理解されます。

実践知!

供給市場でのシェアが大きいメンバーによる共同購入であっても、その対象商品が他の業種や用途において用いられていないかを調査し、それらのユーザーを含めた購入者全体に占める購入シェアをみることで、購入分野における競争阻害効果が乏しいことを確認しやすくなる。
研究開発に用いる材料等について共同購入(共同利用)が行われる場合、開発される製品の供給分野において共通化するコストは僅少であるのが通常であり、当事者間で価格競争の余地の減少はほとんど発生しないから、川下の製品供給分野における競争阻害効果は生じにくい。



このnoteは法的アドバイスを提供するものではありません。ご相談につきましてはこちらのフォームからお問合せください。

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