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小売業者への販売価格の指示

今回は、独占禁止法に関する相談事例集(令和元年度)の事例5を採り上げます。この事例集の中で唯一の不公正な取引方法に関するものです。

事案の概要

家電メーカーX社は、家電製品Aを小売業者に販売するに当たり、小売業者に対し、家電製品AをX社の指定する価格で一般消費者に販売することを義務付けるという取組を計画しました。

事案の概要図は次のとおり(出典:公正取引委員会ホームページ)。

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生じうる独禁法上の懸念は何か

メーカーX社が小売業者に対し家電製品Aの販売価格を指定することによって、家電製品Aの販売価格をめぐる小売業者間での競争が回避され、家電製品Aの小売段階での販売価格が維持されてしまうのではないかとの懸念が生じます。

独禁法は、取引の相手方の事業活動を拘束するという手段によって、相手方間(小売業者間)の自由な競争を阻害するおそれを生じさせることを不公正な取引方法の一類型(拘束条件付取引)として禁止しています(法2条9項6号ニ・一般指定12項)。
とりわけ、取引の相手方による販売価格の自由な決定を拘束することは、再販売価格の拘束(法2条9項4号)として、課徴金の対象となる場合があります(法20条の5)。

本件取組を行おうとする目的は何か

拘束条件付取引は、相手方に対する拘束が「不当」なものと評価される場合に限って、独禁法違反となります。
一般に、相手方に対する拘束が、公正な競争秩序に照らして正当な目的に基づくものであり、当該目的を実現するために合理的に必要とされる範囲内のものである場合には、独禁法上問題とはされません(実践知13~14頁、150頁)。
もっとも、再販売価格の拘束については、「正当な理由」がない限り、独禁法に違反するものと定められています。

家電メーカーX社が本件取組を行おうとする目的は、次のとおり説明されています(2〔相談の要旨〕(2)(3))。

 X社が製造する家電製品Aは、高級・高付加価値商品である。家電製品Aについては、購入する一般消費者が限られるため、在庫リスクが高いとして、小売業者が買取りに消極的である。
 また、X社と小売業者との間で委託販売方式を採用することについては、小売業者が計上する収益が手数料収入となり、商品の売上高を計上する通常の売買取引と比較して収益が少なくなり、小売業者に受け入れられないと考えられること等から、実施は困難である。
 X社は、小売業者による家電製品Aの取扱いを推進するためには、小売業者の在庫リスクを解消するとともに、小売業者が利益を確保できるようにすることが必要と考え、本件取組を検討している。
(※原文を一部修正)

小売業者による家電製品Aの取扱いを推進するという目的は、他の家電メーカー製の家電製品Aとの競争(ブランド間競争)を促進しようとするものであり、それ自体は公正な競争秩序に照らして正当なものといえるでしょう。

そして、そのような目的を実現するための手段として、小売業者の在庫リスクを解消することや、委託販売方式を採用せずに通常の買取り方式によって小売業者の利益を確保することは、合理的に必要な範囲内のものであると評価できるでしょう。

しかし、そうであるからといって、小売業者による販売価格を拘束することまで合理的に必要であると直ちにいえるものではありません。販売価格の拘束までは行わずとも、買取り方式を採りつつ小売業者の在庫リスクを解消する方法は他にも考えられそうです。

また、販売価格の決定は小売業者にとって最も重要な競争手段であることに照らせば、販売促進を図るという目的を実現するために販売価格を拘束することが合理的に必要だとしても、正当化することは難しいともいえるでしょう。

正常な競争手段の範囲を逸脱するものか

ある行為につき、その目的・手段によって正当化することができない場合であっても、当該行為自体が正常な競争手段の範囲を逸脱するものであると評価されるならば、独禁法上許容されると考えることができます(実践知12~13頁)。

相手方が商品につき所有者としてのリスクを負わない場合

相手方の販売価格を拘束する行為は、通常は、正常な競争手段とは到底いえません。流通業者は、自ら買い取った商品を、時々刻々と変化する需要動向を見定め、適切な価格設定をしてそれを販売することによって利益を得るという事業を営んでいます。下手をして商品が売れ残ってしまったときの損失は流通業者自らが負担することとなります。流通業者が自ら仕入れた商品を幾らで販売するかを自由に決定できることは、その事業活動において最も基本的で重要な要素といえるでしょう。
それ故に、再販売価格の拘束は、原則として(正当な理由がない限り)、独禁法に違反するものとされています。

しかし、流通業者による価格決定の自由を確保する必要があるのは、自らのリスクで商品を買い取って自己の所有物としているからです。流通業者において商品を売り捌けなければ損失を被るというリスクを負わないならば、販売価格の決定の自由を流通業者に確保する必要性は乏しくなります。
他方、商品の所有に伴うリスクを流通業者ではなくメーカーが負う場合には、どのタイミングで幾らで販売するかという価格決定権をメーカーに持たせることが必要となります。
そのため、商品の所有に伴うリスクを流通業者ではなくメーカーが負う場合には、メーカーが流通業者に対して販売価格を拘束したとしても、正常な競争手段の範囲を逸脱するとはいえないでしょう。
公正取引委員会は、相手方が単なる取次ぎとして機能しており、実質的にみて行為者が販売していると認められる場合には、再販売価格を拘束しても例外的に違法とはならないとしています(流通・取引慣行ガイドライン第1部第1-2(7))。これは、上記のような考え方を基礎とするものであると考えることができます(実践知145~146頁)。

それでは、どのようなリスクを流通業者ではなくメーカーが負担していれば、メーカーが価格決定権を確保することが正当化されるでしょうか。

売れ残りリスク

商品の所有に伴うリスクとして最も重要なものは、売れ残りリスクです(実践知146~147頁)。

本件取組では、委託販売方式ではなく買取り方式が採られますから、通常であれば、小売業者が商品の売れ残りリスクを負担することになります。しかし、小売業者においていつでも対象商品を返品することができるような返品条件付き売買とし、小売業者が返品による不利益を負わないようにすれば、小売業者は実質的に売れ残りリスクを負わないこととなります。

そこで、本事例では、販売価格の拘束を正当化する要素の一つとして、次の事実が指摘されています(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)ア)。

 小売業者は、納品日から一般消費者への販売までの間、いつでも家電製品Aを返品可能であり(X社は、返品費用を負担するとともに、代金相当額を返金する。)、家電製品Aに係る売れ残りのリスクについては、実質的にX社が負う形になっていること

もっとも、商品のライフサイクルが短いなどの場合は、小売業者が商品を返品することができる期限を設定したとしても、小売業者に売れ残りリスクを負わせることにならないと考えられます。
本件取組では、家電製品Aの新モデル発売から一定の期間の経過後は、旧モデルの家電製品Aは、返品の対象から除外されるとともに、販売価格拘束の対象からも外れるものとされており(2〔相談の要旨〕(3)カ)、その前提での判断がなされています。

在庫管理上のリスク

また、商品の所有者は、通常であれば、商品が滅失等した場合のリスクを自己が負担することになります。

他方、流通業者が、流通業者の管理下にある商品について善管注意義務の範囲で保管義務を負ったとしても、それは商品の所有者としてのリスクとは無関係のものといえます。

そこで、流通業者が所有に伴うリスクを負わないといえるためには、流通業者において善管注意義務の範囲を超えて商品が滅失等した場合の責任(危険負担)を負わせないようにすることが必要となります(実践知147~148頁)。
本事例では、販売価格の拘束を正当化する要素の一つとして、次の事実が指摘されています(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)イ)。

 一般消費者への販売前の商品に瑕疵があった場合の責任については原則としてX社が負うこと、また、当該商品の滅失、毀損等の家電製品Aに係る在庫管理上のリスクについても、基本的にX社が負っており、小売業者は、善管注意義務を怠ったことに起因するものを除いて、当該リスクを負担しないこと

検査・通知義務の懈怠に伴うリスク

上記の指摘部分では、小売業者が検査・通知義務を怠った場合であってもメーカーが担保責任を負うものとしていることが積極要素として挙げられており、目を惹きます。

商法上、商品の買主は、特約がない限り、商品受領時の検査義務と商品が契約内容に適合しないことを発見した場合の売主への通知義務を負い、それを怠れば売主に対して担保責任を追及できなくなります(商法526条)。その結果として買主に生じるリスクについても売主が負担しなければ販売価格の拘束が正当化されないのか、それとも、上記指摘は本件取組において家電メーカーX社が当該リスクを負担するとしていることからそれを挙げたにすぎないのか、判然としません。
同種の事案である平成28年度相談事例1では、上記のような指摘はなされていません。

代金回収リスク

加えて、商品の代金回収につき、流通業者に善管注意義務の範囲を超えた無過失の代金回収責任を負わせないようにすることは、流通業者が所有者としてのリスクを負わないといえるために必要と考えられています(実践知148頁)。

もっとも、流通業者が無過失の代金回収責任を負う場合であっても、実質的な回収不能リスクが軽微であるならば、所有者としてのリスクを負うとまでは通常は認められません。
本事例では、販売価格の拘束を正当化する要素の一つとして、次の事実が指摘されています(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)ウ)。

 代金回収不能のリスクについては、小売業者が負うこととなるが、一般消費者への販売における代金回収方法は、通常、現金やクレジットカードによる決済が用いられることから、実質的なリスクの負担とはいえないこと

以上を踏まえ、本件取組は、

X社の計算による取引と同視することができる。すなわち、本件取組においては、小売業者は単なる取次ぎとして機能しているにすぎず、実質的にみてX社が一般消費者に対して家電製品Aを販売しているといえる。

として、本件取組による競争阻害効果(価格維持効果)について検討するまでもなく、独禁法上問題ないものと判断されました。

実践知!

商品の供給業者は、売れ残りリスクや在庫管理リスク等、商品の所有に伴うリスクを自らが全て負担することにより、販売先事業者に対して当該商品の再販売価格を拘束することができる。


このnoteは法的アドバイスを提供するものではありません。ご相談につきましてはこちらのフォームからお問合せください。


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