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競争者の製造委託先への全量製造委託

今回は、独占禁止法に関する相談事例集(令和元年度)の事例3を解説します。

事案の概要

X社は、A工法で用いられる接着剤のうちA1-1方式によって充填されるもの(A1-1式接着剤)のメーカーであり、A1-1式接着剤をその需要者である工事業者に対して自ら販売しています。

A1-1式接着剤のメーカーは、X社のほかにはY社しか存在しません。Y社は、A1-1式接着剤につき、自らは販売しておらず、専らZ社から製造委託を受けて、製造した全量をZ社に供給しています。Z社は、A1-1式接着剤を工事業者に販売しています。

そうしたところ、X社は、A1-1式接着剤の自社製造を取りやめ、全量をY社に製造委託してA1-1式接着剤の販売を継続することを計画しました。

事案の概要図は次のとおり(出典:公正取引委員会ホームページ)。

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生じうる独禁法上の懸念は何か

A1-1式接着剤の工事業者への販売分野において、X社はZ社と競争関係にありますが、本件取組によって、両社が販売するA1-1式接着剤は実質的に同じもの(Y社が製造したもの)となり、競争者間で仕入コストがほぼ共通化します。

これによって、X社とZ社の間で競争の余地が減少し、協調的な行動が採られやすくなります。

また、Y社を通じて、X社やZ社の機微情報が流れやすくなり、X社とZ社の間において競争に関する不確実性が軽減されるおそれがあります。

こうしたことから、本件取組によって、A1-1式接着剤の販売分野における競争が阻害されるのではないかという懸念が生じます(実践知85頁)

本件取組を行おうとする目的は何か

競争者間の協調的取組が、もっぱら競争を制限することを目的とするものであり、それ以外に特段の合理的な目的が認められない場合には、通常、そのような行為自体が反競争的です。そのため、それが実効性をもって行われたならば、競争阻害効果の有無を厳密に分析するまでもなく、独禁法違反となりやすいといえます(実践知16~17頁、41~42頁)

X社が本件取組を行おうとする目的は、

(X社の)A1-1式接着剤の製造設備の老朽化が進んだことなど

にあるものとされます(2〔相談の要旨〕(3)ア)。これは、X社がA1-1式接着剤の全量をY社に製造委託することは、Z社との販売競争を阻害することを目的としたものではないことを示すものです。

そのため、本件取組は、その競争阻害効果を詳細に分析することなく独禁法違反と即断できるものではありません。

競争阻害効果は生じるか

A1-1式接着剤を販売しているのはX社とZ社のみですから、本件取組により2社間での仕入コストがほぼ共通化してしまうと、A1-1式接着剤をめぐる2社間での競争の余地はかなり乏しいものとなってしまいます。

それでもなお競争阻害効果が生じないというためには、X社は、A1-1式接着剤の販売をめぐって何らかの強い競争圧力が働いており、X社やZ社がA1-1式接着剤の価格を恣意的に左右することなどできる状態にはない旨を主張する必要があります。

市場画定

そうしたところ、公正取引委員会は、次のとおり、一定の取引分野(市場)を広く画定することを認めました(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)ア)。

 工事業者は、A工法を行う場合、価格、納期、作業のしやすさ等を総合的に勘案して、A1-1方式からA2-2方式までの中から方式を選択しているため、各方式で用いられる接着剤の間には需要の代替性が認められる。このため、「A工法用の接着剤」を商品範囲として画定した。
 A工法用の接着剤については、日本国内での輸送に関して、輸送の難易性や輸送費用の点から制約があるわけではなく、また、地域によって販売価格が異なるなどの事情も存在しない。このため、「日本全国」を地理的範囲として画定した。

A1-1式接着剤の販売においては、A工法に用いられる他の種類の接着剤の販売業者とも競争関係にあることを認めたわけです。

有効な牽制力の存在

そして、A工法用の接着剤市場全体でみると、次のとおり、X社とZ社のA1-1式接着剤のシェアは20%程度しかなく、他の種類の接着剤の販売業者からの牽制力が働いていることが認められました(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)イ)。

A1-1式接着剤以外のA工法用の接着剤(以下「その他のA工法用接着剤」という。)の市場シェアは、約80%に上る。このため、X社及びZ社が販売するA1-1式接着剤に対しては、その他のA工法用接着剤からの競争圧力が働くと認められる。

情報遮断措置

さらに、X社は、Y社との製造委託の実施に際し、Y社との間で秘密保持契約を締結し、X社向けやZ社向けのA1-1式接着剤に関する情報がZ社やX社に伝わらないようにする措置を講じました。公正取引委員会は、

加えて、本件製造委託における秘密保持契約によって、Y社がA1-1式接着剤の製造を受託するX社及びZ社の情報は両者の間で遮断され、X社とZ社は、本件製造委託後においても、従来どおり、それぞれ独自にA1-1式接着剤の販売活動を行うこととされている。

とこれを評価し(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)ウ)、

以上によれば、本件取組は、一定の取引分野における競争を実質的に制限するものではなく、独占禁止法上問題となるものではない。

との結論を導きました(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)エ)。

上記のとおり、A工法用の接着剤市場において、X社やZ社は、80%のシェアを占めるその他のA工法用接着剤の販売業者からの強い競争圧力を受けるものであり、それだけでも競争阻害効果は生じないとの結論は導くことはできそうです。
もっとも、X社とZ社は、A1-1式接着剤の販売においてそれぞれ独立した事業者として競争する関係にある限り、両社間で協調的行動をしてよいというわけではありません。
X社とZ社の間の情報遮断措置を講じることは、そうした懸念を回避するものとして意義があるといえるでしょう(実践知93頁)

実践知!

競争者の製造委託先から製造委託を受けることにより、競争者間で仕入コストがほぼ共通化したとしても、市場において有効な牽制力が十分に働いているならば、独禁法上問題とはなりにくい。
2社で対象商品のシェアが100%になるとしても、需要者にとって代替しうる商品が他にもあると説明することによって、市場の範囲を拡げ、有効な競争圧力の存在を見いだすことができる。
シェアが低くとも、競争関係にある独立した事業者間で機微情報の連絡がなされる懸念がある場合には、適切な情報遮断措置を講じることによってその懸念を回避しておくことが好ましい。


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