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「田澤ルール」は独禁法上何が問題か

公正取引委員会は、令和2年11月5日、日本プロフェッショナル野球組織(NPB)によるいわゆる「田澤ルール」につき、独禁法違反の疑いが解消されたとして審査を終了した旨報道発表しました(「日本プロフェッショナル野球組織に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」)。

「田澤ルール」云々はともかく、公正取引委員会が「田澤ルール」について独禁法上どのように考えたかについては、非常に興味深いところがありますので、少しまとめてみたいと思います。

「田澤ルール」問題の本質

世間で「田澤ルール」と呼ばれているNPBの申合せとは、次のようなものとされます(公取委報道発表資料2)。

新人選手が、新人選手選択会議(ドラフト会議)前に12球団による指名を拒否し、又はドラフト会議での交渉権を得た球団への入団を拒否し、外国球団と契約した場合、外国球団との契約が終了してから高卒選手は3年間、大卒・社会人選手は2年間、12球団は当該選手をドラフト会議で指名しない。

このように「田澤ルール」は、外国球団と契約した新人選手に対して、外国球団との契約終了後一定期間はNPB傘下の球団に入れないようにするものでした。

ただ、NPBにとって、このようなボイコット自体はいわば制裁手段であって、それ自体が目的ではなかったものと思われます。公正取引委員会によれば、NPBが「田澤ルール」を申し合わせたのは、

有力な新人選手が12球団を経ずに外国の球団と選手契約することが続いた場合、日本プロ野球の魅力が低下するおそれがある

ためであったとされます(公取委報道発表資料3(2))。すなわち、NPBとしては、日本プロ野球の魅力を維持するため、有力新人選手が外国球団に行ってしまわないようにすることに主眼があり、それを実現するための手段として、ドラフトを蹴って外国球団と契約する新人選手への制裁的措置を設けたということなのでしょう。

そうだとすると、独禁法を適用するに当たっても、まずは新人選手に対して外国球団との契約を妨げることが独禁法上問題とならないかを検討するのが本筋です。そして、「田澤ルール」という制裁的措置の問題は、契約妨害の違法性判断に包含して判断するのが一般的でしょう。

新人選手に対する「支配」?

まず、「田澤ルール」によって新人選手に対し外国球団と契約できないようにしていることは、新人選手による球団選択を拘束・支配するものであると捉えることが考えられます。

事業者や事業者団体が他の事業者の事業活動を支配することは、それによって競争を実質的に制限する場合、支配型私的独占として独禁法違反となります(独禁法2条5項・3条、8条1号)。選手も事業者ですから、選手の球団選択を妨げることは、「他の事業者の事業活動を支配」することに該当しそうです。

しかし、NPB傘下球団が選手獲得市場において競争を実質的に制限するような市場支配力を有しているとしても、それはドラフト制度によるところが大きいのでしょう。NPB傘下の球団間においては、野球興行を成立させるための戦力均衡といった観点からドラフト制度が存在し、それ自体は独禁法に違反するとは一般的に考えられていないようです。また、「田澤ルール」によって影響を受けるのは新人選手の球団選択であって、既存選手の移籍についてはフリーエージェント制度やポスティングシステムといった制限はあるものの、それなりに認められています。そのような状況において、新人選手が外国球団と契約できないようにしたとしても、それが選手獲得市場における市場支配力の維持・強化にどの程度寄与するものであるのか、はっきりしないところがあるのかもしれません。

他方、私的独占と言い切ることに差し支えがある場合であっても、その前段階での予防的規制として、不公正な取引方法に該当するものとして独禁法上問題とする余地があります。しかし、他の事業者の事業活動を拘束・支配する行為が不公正な取引方法(拘束条件付取引)に該当するのは、相手方の事業活動を「拘束する条件をもって取引」するといえる場合でなければなりません(独禁法2条9項6号ニ・一般指定12項)。法技術的な問題ですが、取引の際に付随的に行う拘束が不公正な取引方法として問題となるのであって、取引関係のない相手方に対して他者と契約しないようにすることは「拘束する条件をもって取引」には該当しません。そのため、NPBや傘下球団が新人選手に対し外国球団と契約できないようにすることを拘束条件付取引として規制することにも難があるということになりそうです。

競争者(外国球団)の「排除」?

ところで、NPBが外国球団に有力な新人選手を取られないようにするということは、新人選手の獲得をめぐってNPBの傘下球団と外国球団が本来ならば競争関係にあるということを示しています。

そして、「田澤ルール」によって、新人選手が外国球団と契約することを妨げていたとするならば、それはNPB傘下球団と外国球団との選手獲得競争を人為的に妨げようとするものであるといえるでしょう。球団にとって、有力な新人選手は野球興行等の事業活動を行う上で必要な投入要素(input)であり、有力な新人選手を獲得することは重要な競争要素の一つとなります。

NPBや傘下球団が新人選手との間で外国球団と契約してはならないと「拘束する条件をもって取引」(独禁法2条9項6号ニ・一般指定12項)したは認められないとしても、外国球団が新人選手と契約することを妨げることは、「競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引を不当に妨害」(独禁法2条9項6号ヘ・一般指定14項)するものとして、不公正な取引方法であると構成する余地があります。「田澤ルール」が新人選手に対して外国球団との契約を抑止させるに十分な制裁措置であったといえるならば、たとえ実際に発動されることは一度もなかったとしても、それは取引妨害を基礎付けるものとなります。

しかし、このような排他的な取組が独禁法違反となるためには、競争者にとって代替的な取引先を容易に確保できなくなり、取引機会が減少するような状態をもたらすおそれが生じる必要があります(市場閉鎖効果と呼ばれます)(実践知254頁以下)。外国球団にとって、日本から新人選手を獲得できないとしても、代替的な選手獲得ルートは十分に残っているものと思われます。仮に外国球団にとって日本人選手を擁することが重要だとしても、新人選手以外の日本人選手を獲得することは可能であり、現に多くの日本人選手が外国球団で活躍しています。そうすると、NPBが「田澤ルール」によって外国球団と新人選手の契約を阻止する効果を発揮させたとしても、外国球団に市場閉鎖効果が生じることには到底ならず、排他的取組という観点から「田澤ルール」を独禁法上問題とすることは難しいといえます。

(なお、人材獲得市場において外国所在の競争者を排除することにつき日本の独禁法を適用できるかという論点も、考えてみると頭の体操でおもしろいところです。)

制裁的措置自体の違法性

このように、「田澤ルール」により実現しようとしたこと、すなわち、新人選手が外国球団と契約しないようにさせることが独禁法違反とはいえないならば、次善の策として、本来は手段であったはずの「田澤ルール」自体が独禁法上問題といえないか検討することになります。

「田澤ルール」は、球団が選手との契約に一定期間応じないとするものであり、取引拒絶の問題となります。
取引拒絶が独禁法上問題となる典型例は、自己の競争者(実質的に競争関係にある者も含む)に対して、当該競争者にとって必要な商品等の取引を拒絶することにより、当該競争者を市場から排除することです。しかし、「田澤ルール」は、球団が選手との取引に応じないものであり、球団と選手とは競争関係にはありませんから、競争者を排除するものとはいえません。
また、取引拒絶が問題となるもう一つの類型は、独禁法上違法な行為に従わない相手方に対する制裁的措置として、当該相手方との取引を拒絶することです。しかし、新人選手が外国球団と契約しないようにさせることが独禁法違反とは言い難いことは上記のとおりです。

「田澤ルール」のような相手方との取引を拒絶するという制裁的措置自体が独禁法上問題になるとすれば、それは相手方に対して不当に不利益を与える点です。また、それによって、相手方とその競争者との間の競争を阻害するという側面もあります。この観点からは、「田澤ルール」の存在自体で違法となるものではなく、現にそれが発動されてはじめて問題が生じます。

本来、相手方との取引を拒絶することによって当該相手方に不当に不利益を与えることは、優越的地位の濫用の問題として取り扱うのがしっくりくるところです。しかし、条文上の疑義があるからか、これまでのところ、公正取引委員会は、取引を拒絶することを優越的地位の濫用として規制することはしていません。他方、公正取引委員会は、実質的には優越的地位の濫用が問題となるような事案について、その行為態様を捉えて、取引拒絶や差別的取扱等に該当するものとして取り扱うことがあります。その場合、相手方に不利益を与えることともに、相手方とその競争者の間の競争を阻害するおそれがあるという観点から問題視する傾向があります(実践知183頁~)。たとえば最近では、飲食店ポータルサイト実態調査報告書において、飲食店ポータルサイトが合理的理由なく恣意的に特定の飲食店の評点を落とすことは、それによって当該飲食店が競争上著しく不利になり、当該飲食店の競争機能に直接かつ重大な影響を及ぼし、飲食店間の公正な競争秩序に悪影響を及ぼす場合等には、差別取扱いとして独禁法上問題となるおそれがあると指摘されました。

本件において、公正取引委員会は、独禁法上の考え方として次のように述べました(公取委報道発表資料5)。

一般に、事業者団体が、構成事業者に対し、他の事業者から役務を受けることを共同で拒絶するようにさせる場合であって、他の事業者が当該構成事業者と同等の役務提供先を見いだすことが困難なときは、当該他の事業者を当該役務の提供市場から排除する効果を生じさせ、当該役務提供市場における公正な競争を阻害するおそれがある(独占禁止法第8条第5号〔一般指定第1項第1号(共同の取引拒絶)〕)。

ここでの「他の事業者」とは、選手を指すものであり、外国球団といったNPB傘下球団の競争者を指しているものではありません。すなわち、本件に即して上記を読み替えると、「NPBが、傘下の球団に対し、選手との契約を共同で拒絶するようにさせる場合であって、当該選手がNPB傘下球団と同等の球団を見いだすことが困難なときは、当該選手を当該役務提供市場から排除する効果を生じさせ、当該役務提供市場における公正な競争を阻害するおそれがある」ということになります。

上記の考え方では、選手において役務提供市場から排除されるという効果が生じることが違法性の考慮要素として示されています。これは、競争者を市場から排除することとは似て非なるものであり、選手において著しい不利益が生じることを示すものであると考えられます。もっとも、独禁法違反となるような不利益の測り方として、相手方において排除効果が生じる程度のものであればよいという考え方を示したということもできます(そこまでいかない場合は独禁法違反とならないとまでは書かれていませんが)。

(2020/11/8追記)上記考え方において「他の事業者が当該構成事業者と同等の役務提供先を見いだすことが困難なとき」と言及されているのは、他の事業者(選手)にとって取引先の変更が困難であることを示すものであり、行為者(NPB傘下球団)が優越的地位にあるといっているのと同じであると考えることもできます。そのような地位にある前提でNPB傘下球団が共同して選手との取引を拒絶することは、当該選手に著しい不利益を与えることになり、独禁法上問題となると考えることができます。

なお、上記の考え方は、あくまで共同で取引拒絶を行う場合に該当するものであり、単独で取引拒絶を行う場合には、上記で示された考慮要素だけで違法となるわけではありません。そもそも事業者が誰と契約するかは基本的に事業者の選択の自由の問題です。ある事業者と取引しないこととし、その結果、当該事業者が他に取引先を見いだすことが困難となり、市場から排除されることとなったとしても、基本的には独禁法上問題となるものではありません。事業者が単独で取引先を選別することや取引先間で差別的な取扱いをすることが独禁法上問題となりうるのは、それが合理的な範囲を超えた不当なものであると判断される場合であり、それは例外的といえるでしょう(実践知184頁)。
これに対し、共同で取引拒絶を行うことは、各事業者が有する選択の自由を超えるものであり、原則として、正常な競争手段の範囲を逸脱するものといえるでしょう。それ故に、上記の考え方のように、共同での取引拒絶が行われ、それによって相手方に対する一定の悪影響が認められるならば、独禁法違反になるとされたものと考えられます。

以上のとおり、今回の事件処理を通じて示された公正取引委員会の上記考え方は、競争関係にない相手方に対する取引拒絶(取引先の選別や不利益取扱い:実践知183頁以下)がどのような場合に独禁法違反となるかを示す重要なものといえるでしょう。


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