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工場の定期修理に関する事業者団体による日程調整

独占禁止法に関する相談事例集(令和元年度)の事例6を解説します。事例6以降は事業者団体による行為が続きます。

事案の概要

基礎化学品Aのメーカーを会員とする団体であるX協会が、会員において実施する工場の定期修理の日程を調整するという取組を計画しました。

事案の概要図は次のとおりです(出典:公正取引委員会ホームページ)。

生じうる独禁法上の懸念は何か

定期修理の期間中は、工場内の機械、設備等を全て停止させなければならないため、基礎化学品Aの生産活動がストップすることとなります。
メーカーにとって、生産活動を停止することは市場への製品の供給量を減らすこととなり、その間に競争者が生産量を増やすことによって取引を奪われてしまいかねません。
そのため、競争メカニズムが健全に機能しているならば、各メーカーは、需要がある限り生産活動を行って製品を供給するという競争が行われます。
他方、競争者間で定期修理の日程を調整するということは、各社が生産活動を休止する期間を互いに認識し調整するということであり、製品を供給するという競争を制限する生産調整の側面があります(実践知83~84頁)
競争者間で直接に調整することに代えて、競争者が所属する事業者団体で調整する場合も、同じことです。

また、定期修理は、工事業者等に委託して実施されるところ、定期修理の発注者であるメーカー間において、定期修理の発注時期に関する調整が行われると、それに付随して、定期修理の発注金額等に関して協調的な行動が採られることも懸念されます。

本件取組を行おうとする目的は何か

事業者団体による行為が、もっぱら競争を制限することを目的とするものであり、それ以外に特段の合理的な目的が認められない場合には、通常、そのような行為自体が反競争的です。そのため、それが実効性をもって行われたならば、競争阻害効果の有無を厳密に分析するまでもなく、独禁法違反となりやすいといえます(実践知16~17頁、41~42頁)

X協会が本件取組を行おうとする目的は、

 定期修理は、規制緩和に伴う点検間隔の拡大、工場設備の老朽化等に伴い、1回当たりの作業量が増加しており、実施期間が長期化する傾向にある。また、化学品Aのメーカーは、日照時間、気温等の面で作業条件の良い春又は秋に定期修理を実施する傾向にある。このため、当該メーカー各社の定期修理は、特定の時期に同時並行で行われる状況になっている。
 化学品Aのメーカーは、定期修理の期間中、工場内の機械,設備等を全て停止しなければならない。また、いずれの当該メーカーも、化学品Aの生産や貯蔵には余力がない。このため、複数の当該メーカーが定期修理を同時に実施すると、化学品Aについて、市場における供給量が減少し、需給のひっ迫による価格の高騰という事態が生じる。
 加えて、定期修理を請け負う工事業者等においては、定期修理が特定の時期に集中することにより、作業員の不足、長時間労働等の問題が生じている。
 X協会は、市場における化学品Aの供給量の減少の防止及び工事業者等における長時間労働等の問題の解消のため、本件取組を行うことを検討している。
(※原文を一部修正)

と説明されています(2〔相談の要旨〕(3)・(4)・(5))。

これは、X協会による定期修理の日程調整は、化学品Aの供給競争を阻害することを目的としたものではないことを示すものです。そのため、本件取組は、その競争阻害効果を詳細に分析せずに独禁法違反と判断できるものではありません。

正当な目的を実現するために合理的に必要な範囲内での取組か

公正取引委員会は、本件取組の競争阻害効果の評価に先立ち、次のとおり、本件取組の目的の正当性とそれを実現するための手段の合理性の観点から、分析をスタートさせます。

まず、本件取組の目的について、

 定期修理の実施時期の重複に伴う市場における化学品Aの供給量の減少の防止及び工事業者等における長時間労働等の問題の解消という正当な目的に基づくもの

であると評価しました(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)ア(ア))。
化学品Aの供給量の減少を防止するという目的は、まさに競争阻害とは真逆の、競争促進的な目的であるといえます。
また、工事業者等における長時間労働等の問題の解消という目的は、社会公共的な目的であるといえます。

次に、目的を実現するために採られる手段について、X協会は、

 工事業者等の団体、製品メーカーの団体及び学識経験者からそれぞれ選出された委員によって構成される「定修会議」と称する調整機関を外部に設置する。定修会議の事務局はX協会が務めるが、X協会の会員は定修会議には関与しない。
 X協会の会員は、一定の期間における定期修理の実施日程をX協会に提出する。定修会議は、当該実施日程を確認し、定期修理の実施時期が重複する会員に対して、日程変更の可否を確認する。
 定修会議は、定期修理の実施時期の調整のみを行い、それ以外の調整は一切行わない。

ものとしていました(2〔相談の要旨〕(5)ア・イ・ウ)。
これを受けて、公正取引委員会は、

 X協会の会員間で情報が共有されないための措置を講じた上で定期修理の実施日程の調整のみを行うという取組は、目的に照らして合理的に必要とされる範囲内のものである
(※原文を一部修正)

として、手段の合理性も認めました。

競争阻害効果は生じるか

次に、公正取引委員会は、本件取組による競争阻害性の評価に移ります。

市場支配的な状態をもたらすか

事業者団体が、ある行為によって競争自体を人為的に減少させ、競争を実質的に制限する場合には、独禁法違反となります(8条1号)。
競争の実質的制限とは、特定の事業者や事業者集団が、その意思で、ある程度自由に、価格等の条件を左右することができる状態をもたらすことをいうものと解されています。
競争が実質的に制限されるか否かの判断にあたっては、市場支配的な状態が生じることを妨げるに足りる有効な牽制力がどれだけ消滅するかが評価されます(実践知15~16頁、40~41頁)

本件において、X協会の会員であるメーカーの化学品Aの国内シェアは、100%に達していました(2〔相談の要旨〕(1))。
もっとも、公正取引委員会は、本件について競争を実質的に制限するものであるかどうかについては特に言及しませんでした。

需要者の利益を害するか

他方、事業者団体が構成事業者の機能や活動を制限する場合には、それによって上記の競争を実質的に制限するレベルに至らなくとも、需要者の利益を不当に害するものであるならば、独禁法違反とされます(8条4号事業者団体ガイドライン〔第2の7(2)ア〕(実践知16頁)

公正取引委員会は、本件取組によって需要者の利益を害する可能性について、次のとおり述べました(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)イ)。

 定期修理の委託分野においては、X協会の会員の取引先である工事業者等における長時間労働等の是正につながるものであり、当該工事業者等の利益を害することにはならないこと
 また、化学品Aの販売分野においては、化学品Aの供給量の減少の防止につながるものであり、X協会の会員の取引先である製品メーカーの利益を害することにはならないこと

これは、本件取組の目的に照らして、需要者の利益を害するものではないことを端的に指摘するものです。

差別的な取扱いがなされていないこと

続けて、公正取引委員会は、

 定期修理の実施日程の調整作業において特定のX協会の会員が有利又は不利となるような取扱いを受けることはなく、公平性が確保されており、当該会員間で不当に差別的なものではないこと

を指摘します(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)ウ)。
仮に日程調整において事業者間で差別的・不公平な取扱いが行われるとするならば、それは、供給量の減少防止と長時間労働等の問題解消という本件取組の目的に照らして通常は合理的とはいえないでしょう。
また、仮にそのような差別的取扱いが行われるならば、そもそも本件取組の目的自体が眉唾ものであり、別の目的の存在が透けて見えるといえるでしょう(実践知38頁)
上記の指摘は、本件取組についての目的の正当性と手段の合理性を裏付けるものであるといえるでしょう。

強制するものではないこと

さらに、公正取引委員会は、

 X協会の会員による本件取組への参加は、任意であること

を指摘します(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)エ)。
正当な目的に基づく取組であっても、それを強制することは、目的を実現するために必要な範囲を超えるものであることが多いでしょう。
本件において、供給量の減少防止と長時間労働等の問題解消という目的に照らして、会員に対して本件取組への参加を強制することが本当に必要ないといえるかどうかは定かではありませんが、X協会としては、本件取組への参加を強制せずとも本件取組の目的を実現することができると考えているからこそ、任意参加としたのでしょう。
上記の指摘は、本件取組の手段が目的を実現するために必要な範囲内であることを示すものといえます。

以上の分析を経て、公正取引委員会は、

(本件取組は、)X協会の会員の機能又は活動を不当に制限するものではなく、独占禁止法上問題となるものではない。

との結論に至りました。

以上のとおり、公正取引委員会は、本件取組について、市場における牽制力の分析を中心とした競争阻害効果の評価を行うことなく、目的の正当性と手段の合理性という定性的な観点から評価を行い、独禁法違反とはならないとの結論を導いています。

実践知!

市場シェアが大きい競争者間での共同の取組であっても、正当な目的に基づくものであって、その目的を実現するために合理的に必要とされる範囲内で取組内容を設計することにより、独禁法上の問題を回避することができる。

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