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契約の解消(取引拒絶)は優越的地位の濫用に該当するか

継続的な取引を将来に向けて解消することは、優越的地位の濫用に該当するでしょうか。

契約を解消される側からすれば、取引依存度が大きい場合など、取引を喪失することによって大きな不利益をこうむるものであり、当然、優越的地位の濫用の問題になると言いたくなります。

しかし、取引拒絶や契約の解消について、公正取引委員会が優越的地位の濫用の問題とした例はありません。そのような違反事例がないだけでなく、ガイドライン等でも頑なに言及が避けられているように思われます。例えば、2021年3月に出されました「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」でも、フリーランスが発注事業者から取引を一方的に打ち切られることは典型的な問題であるにもかかわらず、それについての言及は一切ありません。(2021/5/20追記:発注取消しは、一旦契約した後にそれを反故にすることを問題とするものであり、将来の取引に応じないという取引拒絶や継続的契約の解消とは異なります。)

また、下請法においても、取引拒絶や契約の解消それ自体は禁止行為とはされていません。せいぜい、下請取引のベストプラクティスを提示する振興基準下請中小企業振興法3条に基づくもの)において、次のとおり言及されているにとどまります。

第2 親事業者の発注分野の明確化及び発注方法の改善に関する事項
8) 取引停止の予告
親事業者は、継続的な取引関係を有する下請事業者との取引を停止し、又は大幅に取引を減少しようとする場合には、下請事業者の経営に著しい影響を与えないよう最大限の配慮を行い、相当の猶予期間をもって予告するものとする。

それではなぜ、取引拒絶や契約の解消は、優越的地位の濫用の問題として挙げられていないのでしょうか。

条文の規定

まず、優越的地位の濫用の条文の問題が考えられます。優越的地位の濫用を定義する独禁法2条9項5号は次のとおり定めています。

五 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること
イ 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
ロ 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。

条文上、優越的地位の濫用に該当する行為は、行為を「すること」でなければなりません。この文言を形式的に解釈すれば、取引を「しないこと」は優越的地位の濫用には該当しないということになります。

しかし、これはあまりに杓子定規な解釈であり、説得力はありません。

優越的地位濫用規制の本質論との関係

他方、優越的地位の濫用が規制される本質にさかのぼって考えると、「取引をしないこと」を優越的地位の濫用とすることの問題が浮かび上がってきます。

優越的地位濫用規制は、主として、相手方の自由かつ自主的な判断による取引を阻害することを問題視するものと考えられています。取引主体が自由かつ自主的に判断できることは、自由競争の基盤をなすものであり、優越的地位の濫用は、そうした基盤を侵害するものとして、独禁法で規制されています。

例えば、相手方に対し、不合理な取引条件を一方的に設定する行為や、一旦設定した取引条件を一方的に変更する行為を考えてみましょう。相手方としては、本来ならば、そのような不利益行為(取引条件の設定や変更)を受け入れるか否かの自由があります。しかし、行為者が、相手方において自身の言うことを聞かざるを得ない立場にあることを利用して、そのような不利益を受け入れることを余儀なくさせることは、相手方の自由かつ自主的な判断による取引を阻害するものとして、優越的地位の濫用の問題となるわけです。

これに対し、行為者が相手方と「取引をしない」場合、確かに、相手方は、行為者と取引ができないことによる不利益を受けるでしょう。しかし、それは、行為者と取引することによって得べかりし利益を得ることができないという不利益であって、相手方が自由かつ自主的な判断を阻害されることによってこうむる不利益ではありません。取引拒絶によって相手方が受ける不利益は、優越的地位濫用規制において保護されるべき不利益とは異なるのではないかと考えられます。

似たような問題として、取引拒絶の差止請求(独禁法24条)が認められるかという論点があります。差止請求は、「侵害の停止又は予防」を請求するものであり、「取引せよ」という作為を求めることができるかという観点から論じられるのが一般的です。しかし、民法の根本尚徳教授が昨年出された論文では、取引拒絶によってどのような利益が侵害されるのかという観点から、以下のとおり興味深い指摘がなされています。

 はじめに、被拒絶者には、拒絶者との関係において、いかなる法益が(差止請求権によって保護されるべきものとして)契約の締結が拒否される前の段階からすでに存在するか。
 私見によれば、そのような法益として被拒絶者に認められるものは、その者が拒絶者に対して、自らとの契約の締結を自由に申し込むことができる、という利益である。より厳密な形で表現するならば、それは、そのような申込みをするか否かを自己の意思で自由に決定しうる法的地位である、ということになる。・・・(中略)・・・
 これに対して、被拒絶者が拒絶者と契約を締結することによって初めて手にすることができる利益、例えば当該契約の目的物の引渡しを受けるという利益や、さらにはその目的物を第三者に転売するなどして経済的利潤を得るという利益は、先述のような意味における(差止請求権によって保護されるべき)被拒絶者の「法益」には当らない。なぜなら、それらの利益は、まさしく契約が締結されるまで、つまりは契約の締結が拒否されている段階においては、未だ被拒絶者の下には存在しないものだからである。この段階では、それらは、被拒絶者の側の一方的な、事実上の期待に止まる。
・・・(中略)・・・
 ある者(被拒絶者)が他人(拒絶者)に対して自らとの契約の締結を申し込んだ場合において、――本来であればそのような申込みに対する承諾の意思表示を拒否することが許されないにもかかわらず――その契約の締結が拒否されたときであっても、これによって、被拒絶者に拒絶者との関係でもともと認められる法益(その者に対して自らとの契約の締結を自由に申し込むことができるという利益)は「侵害」されない。したがって、その要件が充足されない以上、このような契約の締結拒否(「取引」拒絶)に対する差止請求権は発生しえない。
(根本尚徳「差止請求権による『取引』強制の可否――差止請求権制度と契約法との相互関係に関する考察をも兼ねて」吉村良一先生古稀記念論集(日本評論社、2020)335頁(364-365頁、367頁))

取引拒絶を制裁手段として用いる場合

もっとも、取引拒絶自体を問題とするのではなく、それとは別の優越的地位の濫用行為に関し、取引拒絶を制裁の手段として用いる場合、それを含めて優越的地位の濫用とされることはあり得ます。例えば、下請法でも、ある下請法違反行為に関し、下請事業者が違反申告したことに対する報復措置として「取引を停止」することが禁止行為として挙げられています(下請法4条1項7号)。

まとめ

優越的地位濫用規制は、取引上の地位の格差を利用した搾取的行為に対する万能薬と考えられがちです。しかし、取引の解消については、優越的地位濫用規制といえども限界がありそうです。取引解消の問題は、民法や労働法といった契約法の規律によって解決するのが本筋といえるのでしょう。

なお、この問題については、NBL 1194号(2021年5月15日号)40頁の「フリーランスに対する搾取的行為をめぐる労働法制と競争法制」(共著)にて少し論じております。また、拙著『優越的地位濫用規制と下請法の解説と分析』の記述は、現在改訂作業中の第4版において上記の趣旨に改める予定です。


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