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「情動喚起」と「感情移入」

鑑賞して何の感動も起きない映像はやっぱり面白く無いですよね。
映像で人の心を動かすにはビジュアルの格好良さ、斬新なアイデア、リズミカルな編集、面白いストーリー、魅力的な演技など様々な手法があります。要因はたくさんありますが大きく2種類にカテゴライズすると「情動喚起」「感情移入」に分類できると僕は考えています。

まず「情動喚起」ですがこれは自分の意思とは関係無く情動が強制的に引き出される現象のことです。

情動とは人間の本能的な心の動きで、生理的な反応を伴い比較的急速に引き起こされます。大きい音が鳴ったらびっくりして心臓が高鳴る、危険な目に合うとドキドキするなど、情動は自律神経に影響を与えるため身体に変化が現れます。
例えば突然飛行機が目の前に落ちて来たら驚きます。
見たことのない美しい絶景を見たら感動します。
美女に抱きしめられたら興奮します。
突然の豪雨に見舞われたら不快になります。
子猫を見たら癒されます。
このように対象に対して強い興味が無くても、正常な精神状態であれば人は勝手に情動が湧き上がってきます。

それに対して「感情移入」は他者に自分の気持ちを重ね合わせることによって、まるで自分が体験したかのように感じる現象です。
誰かがが悲しい目にあえば、自分のこととして悲しくなり、嬉しいことがあれば、自分のこととして、嬉しくなります。
よく映画を見た人が登場人物に感情移入して感動したなんて言いますよね。これってよく考えると不思議だなって思うんです。
だって本当のことが起こったドキュメントと違い映画の登場人物は当然のことながら役者であり演技をしています。言えば嘘っぱちなわけです。嘘の世界だと分かっているのに僕らはそれが本当に起こった出来事かのように感じてしまいます。これが「感情移入」の力です。
「感情移入」が機能すれば見ている側は架空の世界を現実の世界と感じ、役者を実在する人物だと認識します。逆に世界観の構築と役者の演技が下手だと「感情移入」出来ないのでどれだけ脚本が良くても感動が起こりません。
この「感情移入」させるにはストーリーテリングの技術が重要なんですが、そもそも見る側が被写体に対して ある程度の興味、関心を持っていないと発生しません。
骨太な政治ドラマを子供が見ても感情移入は出来ないですよね。どれだけ世界観と演技が素晴らしくてもです。
逆に政治関係者であれば作りが多少チープな作りでも関心があるので感情移入して見てくれます。
「感情移入」は登場人物が人間じゃなくても、極悪人でも、共感できなくてもさせることができます。しかし登場人物に対しての興味、関心が前提の上で成り立つ現象なので「感情喚起」と違い万人に有効なわけではありません。

情動喚起
「驚き」「興奮」「笑い」「美しい」など意思とは関係なく感情が強制的に引き出される現象
・本能に訴えかける受動的な感情
・興味に関係無く万人を感動させられる
・短時間で感動させられる
・瞬間的な感動のため記憶に残りにくい
感情移入
他者の出来事、感情を自分のことのように感じる現象
・思考に訴えかかえる能動的な感情
・興味、関心が無いと感情移入は発生しにくい
・表現に時間がかかる
・心の芯に響く感動なので記憶に残りやすい

両方とも人の感情を揺さぶる技術なんですが感動の深さと広さが大きく違います。
高価なカメラで綺麗な被写体を撮影し、オシャレな音楽に乗せて、スタイリッシュな編集をすれば、ほんとんど人は「カッコいい!」という感情が喚起されます。しかしこのような映像の多くは数日経てば記憶から消え思い出せなくなってしまいます。
「感情喚起」は短時間で人の感情を揺さぶりますが、感動が浅いため その分記憶から消えるのも早いんです。

丁寧な状況描写と人物描写で描いていく映像作品は派手な演出や斬新さが無くても「感情移入」させることが出来れば何年でも記憶に残ります。
ただ「感情移入」には説明描写が必要なため ある程度の時間がかかってしまうのが欠点です。

例えるのであれば「感情移入」は熱い風呂に短時間全身浴、「感情移入」はぬるい風呂に長時間半身浴に似ています。
熱い風呂であれば短時間で全身あったまりますが湯冷めするのも早いです。
半身浴は温まるのに時間がかかりますが湯冷めしにくいです。
この「感情喚起」と「感情移入」の特徴を理解し目的に合わせて組み合わせることが映像作品おける感情コントロールの基本となります。

ここで重要なことですが「情動喚起」させるよりも「感情移入」させることが圧倒的に難しいです。

落合陽一氏の書いた書籍『これからの世界をつくる仲間たちへ』(小学館)で彼はウケるためには万人共通の「WOW!」が必要であり、この「WOW!」にもいくつか種類がある。一番簡単なのは「きれい」「美しい」、その次に簡単なのは「ヤバい」「スゴイ」、難しいのは「楽しい」、もっと難しいのは「なんだかジーンとした」であると語っています。

この言葉を自分なりに分析をしてみました。
「美しい」は綺麗な被写体を、画質の良いカメラを使い、的確な構図とライティングで撮影すれば誰でも簡単に感動を生み出せます。
「その構図作りとライティングに勉強と経験が要るだろ!」と言われそうですが美しく撮る技術は研究されているので理論的なノウハウの勉強と、良い作品のモノマネをすれば ある程度の努力で「美しい」を作り出すことができます。ある程度の努力で実現できることは難しいの範疇に入らないと僕も思っています。

次に簡単なのが「スゴイ!」です。「スゴイ!」という感情のベースとなるのは驚きです。
「こんな映像見たことない!」
「編集が超かっこいい!」
「自分では真似できない!」とかですね。
若い映像クリエイターはとにかく「スゴイ!」という言葉が大好物です。そして「スゴイ!」という価値観が映像における大部分を占めて要ると勘違いしてる人も多いんじゃないでしょうか。
「スゴイ!」を生み出すには発想力やセンスの良さも重要ですが、一番は手間暇を惜しまないエネルギーだと思います。
時間をかけて世界各地の絶景をドローン撮影する。
誰もやったことの無い危険なチャレンジをする。
めちゃくちゃ手間のかかる編集を1ヶ月かけてやる。
など時間と労力をかければスゴイ映像は経験が浅くても作れます。
つまり「スゴイ!」は難しそうに見えて情熱があれば誰でも作れるんです。もちろん情熱だけで作れない本当の「スゴイ!」があることが前提の話です。

そして「楽しい」に関して落合陽一氏は以下のように語っています。

「楽しい」という感覚には文化差があることも多いので、ある場所でウケたものが別の場所でもウケるとはかぎりません。たとえばアメリカで大人気のコメディアンが日本ではさっぱり受け入れられないということも、よくあります。逆に言うと、ほぼ全世界の人々に「楽しい」と思わせているハリウッドやディズニーのセンスは凄まじくレベルが高いということになるでしょう。

「楽しい」という感情は「驚き」のように一瞬で終わるものでは無く、ある一定時間持続する感情です。一定時間「楽しい」と思わせるには個人の興味、関心にヒットしないといけませんから万人を「楽しい」感情にさせるのは確かに難しいですね。

そして最も難しいのが「何だかジーンとした」です。
ジーンとさせるにはビジュアルの力だけでは難しく、ストーリーの要素が必要です。感動させる物語を作るにはストーリーテリングのロジックが必要ですから一朝一夕というわけにはいきません。この「何だかジーンとした」は場合によって人の人生を変えてしまうほどのパワーを持っています。

まとめると「美しい」と「スゴイ」は「情動喚起」です。
「楽しい」は「感情移入」させなければなりません。
「何だかジーンとした」は「感情移入」と「感情喚起」両方が必要だと僕は考えています。

感動というのは表層的な感動と深層的な感動があります。深度が深ければ深いほど記憶は長く定着します。「情動喚起」は爆弾のようなもので瞬発的な破壊力と範囲は広いですが地中深くまで掘ることはできません。それに対して「感情移入」はスコップで掘り進めるようなものです。時間はかかるし範囲も狭いけど確実に地中深くまで掘り進めることができます。
この爆弾とスコップを両方使ったらどうでしょうか。
まずスコップである程度深く掘り進み、地中で爆弾を使用すれば短時間で深く掘り進めることができます。
「感情移入」と「情動喚起」をうまく混ぜて行くことが出来ればもっと早く深く掘ることができるわけです。

最近はスマホなどで見せる短い映像が主流なので特に「情動喚起」させる映像需要が多い気がします。インスタ映えする動画ってやつですね。
ただ映像はどれだけ時代が変わっても結局ストーリーだと思うので、「短時間で感情移入させる表現力」が差別化の鍵となるのでは無いでしょうか。


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