それでも夢をみる

今週末にまた選挙がある。
週末はライブなので、期日前投票に行こうと思っている。

SNSなどにあまり重たい話を書くのは好きではないので、ここに書いてみる。

誤解を恐れずに、正直な思いを。


私はいまだかつて海外に行ったことがない。

それは20代、30代の頃は、この日本という国がとても好きだったから。
どうせ旅行に行くのなら、日本全国の行ったことのない土地に行きたかったし、日本の文化や風土というものをもっともっと知りたかった。
海外というものにほとんど興味が湧かなかったくらい、この日本という国に生まれてほんとうによかった、と思っていた。

40代になって、ここ数年は海外に行きたいという思いが年々強くなっている。
それは、”もう日本のあちこちを行き尽くした”ということではない。

今の日本という国に、とても居心地の悪さを感じてしまっているからだ。

海外が居心地が良いのか、と言われるとそれはわからない。
わからないから、見てみたいという気持ちが沸き上がっている。

政治の退廃、それを見過ごす社会、自分たちの利害しか考えず、大袈裟に言えば”無気力”。
私の目には、今の日本はそのように映る。

かくゆう私も、数年前に福島を訪れるまでは、政治や世相などには今ほど関心がなかった。

だからこんな日本になってしまったのは、私の責任でもある。

無関心は、無責任だ。

私はここ数年でひどく自分を恥じた。


今年の3.11の福島でのイベントの時、未だに故郷に入ることすらできないある福島のおばあちゃんが言った。

「もうオレ(自分のことをオレと言う)が生きてるうちには家には帰れねえよ。それはわがってんだ。偉い人はウソばっかり言ってねえでちゃんとほんとのこと言ってほしい。ずっとモヤモヤしたまんまだべ。」

この言葉がずっと忘れられない。

原発事故のことだけじゃない。

正直、みんなも薄っすらわかっているのではないか?

ここまで腐敗してしまった日本という国の社会が、もう、私の生きている間に本当に立ち直ることは難しいだろう。

そこまできているように思う。

表には見えない経済の破綻が、人々の思考を停止させ、自分の利益のみを求めるのが精一杯。

支配者による社会のコントロールは、いよいよ戦争すら始めかねない。
本当に恐ろしいことだ。

じゃあ、どうせ生きているうちに良くはならないんだからもういいや、ではない。

今まで無関心という無責任でやってきた私に償えるチャンスがあるとしたら、それは、私が死んだ後の世界を生きる子供たちに、少しでも希望のある未来を残すことではないだろうか。

決して綺麗ごとを言いたいわけではない。

綺麗ごとを言うのなら、今すぐにでも良い社会にするぜ、生きてるうちになんとかするぜ、と言うだろう。

それは難しいことはわかっているので、せめてできることを、するよ。

だから明後日の選挙は、未来の子供たちのための選挙だと思って行ってくる。

どうか、あなたもそうであってほしい。


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