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司馬遼太郎を通して読み解く東アジア

こんばんは。テツジンです。
しらばくいろいろな締め切りに追われて、約1週間休筆しました。
本日、「越境する人と文化」シリーズの続きで、
司馬遼太郎を通して東アジアを読み解いてみます。

司馬遼太郎について、知らない日本人はいないと思いますが、簡単に紹介します。

司馬遼太郎は1923(大正12)年、大阪市に生まれ。大阪外国語学校蒙古語部(現大阪大学外国語学部)卒業。1960年に『梟の城』で直木賞、1966年に『竜馬がゆく』で菊池寛賞など多くの賞を受賞。その後、『坂の上の雲』『功名が辻』『街道をゆく』などの紀行、エッセイ、対談などの作品が多数。1991年文化功労者、1993年文化勲章受章。1996年逝去。

人によって司馬遼太郎をみる側面が違うと思います。
わたしは来日してから約20年間、書籍や映像、そして実際のフィールドワークを通して、司馬遼太郎について追ってきました。
冒頭にお断りしますが、わたしは司馬遼太郎を研究する専門家ではありません。あくまで、複眼で東アジアを読み解くために、「司馬遼太郎の視点」を参考したのです。

今回と来週、2回に分けてそのプロセスを紹介したいと思います。

図1

司馬遼太郎関連蔵書

 司馬遼太郎の著作のなか、特に『街道をゆく』シリーズを愛読しています。中国や韓国にフィールドワークに行くときは、司馬遼太郎が書いた「街道をゆく」シリーズを持参するようにしています。

2019年3月、ある研究会に参加するため、大阪に行った際に東大阪市の司馬遼太郎記念館を訪ね、約1時間見学しました。                     記念館を見学して、一番印象に残ったのは、司馬遼太郎の創造空間を表す“もうひとつの書斎”が広がる地下1階のフロアにある展示室です。

写真 記念館の様子

司馬遼太郎記念館パンフレット


高さ11メートルの壁面いっぱいに書棚が取り付けられ、資料、自著、翻訳本など2万冊もの蔵書がイメージ展示されていました。その時、司馬遼太郎の凄さを身近に痛感しました。

見学を終えて、館内の書籍販売コーナーの『二十一世紀に生きる君たちへ』が目にとどまりました。特に馬遼太郎の自筆原稿が印象に残りました。その意味も興味深いです。

本 二十一世紀を生きる君たちへ 3

司馬遼太郎の自筆原稿(司馬遼太郎『二十一世紀に生きる君たちへ』三水社、2003年より)
           

         

『二十一世紀に生きる君たちへ』の冒頭の一節を引用します。


私は、歴史小説を書いてきた。(中略)歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、「それは、大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」と答えることにしている。
私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる。
歴史の中にもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。


 短い一文を取り上げても、司馬遼太郎の歴史小説家として懐の深さ、巨視的に物事を見る視野の広さを感じられます。

 また、司馬遼太郎が書いているように、友人がいっぱいいることです。それは現代人だけではなく歴史上の人物も、また日本人だけなくアメリカ人や韓国人もいます。司馬遼太郎は膨大の単著を書き残したほか、対談の本も多いです。

本 日韓理解への道


1冊でも多くの本を読み、司馬遼太郎に見習って旅も続けていきたいと思います。

参考文献
・司馬遼太郎・高柄翊・鮮于輝・金達寿・森浩一『日韓 理解への道(座談会)』中公文庫、1987年
・司馬遼太郎、ドナルド・キーン『世界のなかの日本ーー十六世紀まで遡ってみる』中公文庫、1996年
・司馬遼太郎『二十一世紀に生きる君たちへ』三水社、2003年
・司馬遼太郎記念館ホームページ
http://www.shibazaidan.or.jp/about/

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