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ニッポン魅力発見の旅:隅田川と両国橋を訪ねて
ご訪問ありがとうございます。
先月、東京に行った際に、合間に見て隅田川と両国橋を訪ねてみました。
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両国橋は隅田川に架けられた二番目の橋で、当時は隅田川が武蔵国と下総国とを分けていたことから「両国橋」の通称で呼ばれました。
武蔵国と下総国について調べてみました。
武蔵国については、筑波大名誉教授谷川 彰英氏によれば、
「武蔵国」は現代の埼玉県・東京都のほぼ全域及び神奈川県の一部から成っている。そのエリアは古代から現代に至るまで基本的に変わっていない。
その中心は国府が現在の東京都府中市に置かれたために、東京都にあると思われがちだ。「武蔵野」というと、東京都の多摩地方をイメージする人が多いのも、それを象徴している。 だが、古代のある時期まで、武蔵国一帯の中心地は現在の埼玉県であった。言い換えれば、埼玉県エリアは「裏武蔵」ではなく、かつては「表武蔵」であったということである。
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両国橋はかつては武蔵国と下総国との「国の境」でしたが、現在は墨田区と中央区との「区の境」となりました。私は今までさまざまな境界ー-国境、県境、市境などー-を訪ねました。
2022年2月25日、隅田川と両国橋をめぐって散策をして、多くのことを考えさせられました。
参考文献
・中央区観光協会オフィシャルブログ
https://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/archive/2017/07/post-4506.html
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