ブラジリアンタップと今成正和に学ぶ、だましのライセンス

RIZIN.29での今成正和は、とにかく関節技で一本を狙う展開に持ち込みたくてたまらず、事あるごとに寝技に引きずり込もうとするわけで、だから例えば対戦相手のパンチが当たってフラッシュダウンを喫したように見えても、本当にパンチが効いてダウンしたのか、それとも寝技に引き込むための罠(わな)にすぎないのか、それは対戦相手の瀧澤謙太にすら分からないことであり、ましてや外から見ているジャッジやテレビの前のファンには、その虚実はさっぱり分からないのであった(瀧澤選手はパンチが効いていないかもしれないと疑って、倒れた今成を追撃しなかったのだろう。ジャッジはパンチが有効打であったと見て採点したのだろう)。

旧聞になるが、5月7日に開催されたPFL 3(2021)のメインイベント、ファブリシオ・ヴェウドゥム対ヘナン・フェレイラ戦で次のようなシーンがあった。試合はグラウンドの展開となり、ヴェウドゥムの三角絞めがフェレイラを捉える。するとフェレイラの右手が、微妙にぎこちなく、ヴェウドゥムの肩のあたりを2度ほどタップしたかのように動いた。


これをタップと認識したヴェウドゥムが技を解いた刹那、レフリーが試合を止める前に、フェレイラがヴェウドゥムに鉄槌(てっつい)を落とすと、あっという間にヴェウドゥムが伸びてしまったのである。第1ラウンド2分32秒、フェレイラのTKO勝ちが宣告された。レフリーの位置からはフェレイラのタップのような動きは目視できなかったはずだ。まさに「レフリーのブラインドをついた」フェレイラの頭脳的な作戦だったと、ヒール解説者なら分析するだろう。

試合後のヴェウドゥムはフィニッシュシーンのVTRを見ながら、「タップしているじゃないか」と指摘している。「私はキャリア23年のベテランだ。相手がタップをしたら、相手の身にならなければならないんだ」

ヴェウドゥムは、この試合を管轄したニュージャージー州のアスレティックコミッションに異議申し立てを行い、後日この試合の結果はノーコンテストに変更されている。

相手に極められそうになったら、ダメ元の窮余の策として、対戦相手は気づいてくれるけれども、レフリーには気づかれない程度の曖昧なタップを試してみるという企みは、俗に「ブラジリアンタップ」と呼ばれ、ファイターの世界ではよく知られている行為なのだという。

こうした作戦は反則にはならないのだろうか。反則とまではいわないまでも、ずるい、こすいとのそしりは免れないのではないだろうか。

この試合を見たチェール・ソネンは、フェレイラが作戦としてやったのか、それとも本当にタップをしたけれどもバレていないから攻撃を続けただけなのかは判然としないとしながらも、仮に作戦でやったのだとしても、何も問題はない、と語っている。

「だってMMAはそもそも、相手をだますスポーツだからね」

あるブラジリアン柔術黒帯の指導者は、「MMAで、相手をだまそうとしていないなら、それって一生懸命やっていないのと同じことだ」と語っている。「まあでも、ブラジリアンタップはひどいよね。特にタップでの小細工は、本来は超えてはいけない一線だと思うよ」

かつてモハメド・アリは有名な「ロープ・ア・ドープ」戦法で、まるで人間サンドバッグになったかのように相手に打たせるだけ打たせておいて、実際にはロープの反動を利用して有効打を許さず、相手のスタミナを搾り取った。バス・ルッテンはかつて、対戦相手にリアネイキッド・チョークの体勢に入られた際、本当は全く極まっていないのに、あえて苦しそうな声を出すことで、相手の腕力を燃やし尽くしたことがあったという。そもそも打撃の応酬の場面で、おびただしい回数のフェイントがやりとりされているのは、広く知られていることであろう。

結局こうしただましのテクニックは、ずるい、ずるくないではなく、有効であるか否か、で評価するしかないのだろう。フェレイラがレフリーのブラインドをつくことに成功したまではよかったが、後でコミッションに動画を検証されてしまうところまでを考えれば、このテクニックは有効ではなかったということになる。さらにいえば、この試合を見たファンやプロモーター、将来の対戦相手候補がフェレイラのことをプロとしてどう評価するのかは、また別問題である(フェレイラにはLFAで、相手の後頭部を殴り反則負けを喫したという戦績もある)。

今成のフラッシュダウンも(本人は試合後の動画で、痛かったパンチはない、と語っていた。本当かどうかは分からないけれど)、それで判定負けを喫してしまっている以上、効果的ではなかった、と指摘せざるをえない。ただ、ほとんど有効な攻撃はなかったのに、見事にお客をだましきって、大いに楽しませてくれたことは確かだった。後はジャッジの印象をどう変えていくのか、あの大ベテランにしてまだまだ悪巧みが必要、ということなのかもしれない。課題は印象操作だ、という話になってくると、リアルファイトもプロレスも、もはやあまり違いがないようにも思えてくるのは興味深いことである。

(出所)



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