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【短編小説】 ドラえもん - もうひとつのラストストーリー

「のび太君、今日は大事な話があるんだ」

「なんだい、ドラえもん。あらたまっちゃって」

「実は未来の世界に帰らないといけなくなったんだ」

「別にいいよ。何日くらい?」

「のび太君・・」

「こっちに帰って来るのはいつ?」

「のび太君、あのね・・」

「ん?」

「これはね、とても大事な話なんだ」

「ん?」

「つまり・・」

「つまり?」

「・・僕はもうこっちの世界には戻って来ない」

「え・・・・・・・・ ?」

「・・ごめん」

「あははは。またまたあ。ドラえもん、からかわないでよ。びっくりするじゃん。でも、そういう風に言うって事は少し長くなるんだね。ふーん。別にいいから、どれくらいの期間なのか正直に言ってよ」

「だから、ずっとだって。ずっと。・・もう戻って来ない」

「え・・?」

「だから、もう戻って来ない」

「あはははは。もう、ドラえもんったら、からかわないで欲しいなあ」

「・・本当なんだ」

「いやだなあ。もう。・・・・嘘でしょ?」

「嘘じゃない」

「嘘だよね?」

「嘘じゃないんだよ」

「もう、嫌だなあ。・・いい加減、嘘だって言わないと怒るよ」

「嘘じゃないんだって。本当なんだよ。のび太君」

「え・・?どうして?」

「本当なんだよ」

「どうして?どうして未来に帰らないといけないの?」

「仕方がないんだ」

「どうして?どうしてなの?」

「それは・・」

「だって、ドラえもんがいなかったら僕は生きていけないじゃん。ジャイアンやスネ夫にいじめられたらどうすれば良いの?」

「だから・・」

「なんで?突然いなくなるなんて、あまりにも無責任じゃん」

「仕方がないんだよ。未来の世界がそう決めたんだ。もう、のび太君には僕は必要ないって。未来の世界がそう決めたんだ。僕はその決定に従わないといけないんだ。これは仕方のないことなんだよ」

「そんな・・」

「君はもう僕がいなくても生きていける」

「そんなことないよ・・・」

「そうなんだよ。だから未来の世界は僕を帰すことを決めたんだよ」

「だって・・・」

「確かに君は泣き虫だし、いじめられたらすぐに僕に頼るところがある」

「・・・」

「でもね、君には誰かに負けたくないっていう気持ちがあるんだよ。逃げたくないっていう強い気持ちを持っているんだよ」

「そんなことないよ・・」

「そうなんだって」

「・・・」

「何度ジャイアン達にいじめられても、そのたびに立ち上がって立ち向っていく勇気を持っているじゃないか。決して諦めない強い心を持っているじゃないか」

「・・・」

「違う?」

「・・わからない」

「そうなんだよ」

「・・わからないよ」

「そうなんだって」

「・・そう ・・なのかな?」

「そうだよ。だから未来の世界は、もう僕は必要ないって判断したんだ」

「で、でも・・」

「もう。まったく煮え切らない性格だなあ」

「だって・・」

「とにかく僕は帰らないといけない」

「・・・」

「いいかい、のび太君」

「・・うん?」

「これから話すことをよく聞いて欲しいんだ」

「・・・」

「未来の世界から、最後に君に伝えてくれと言われている」

「・・うん」

「にわかには信じられない話かもしれない。でも、これは未来の世界ではいたって普通の話なんだ」

「・・・」

「驚かないで聞いて欲しい」

「・・・」

「この宇宙にはパラレルワールドというものが存在する」

「え・・?ちょ、ちょっと突然すぎない?それに・・なに?・・パラレル・・ワールド?」

「そう。パラレルワールド。並行世界って意味だよ。量子論の研究が進んだ未来では、その存在は当たり前のものになっている。難しい話になるけど、量子力学では・・」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ドラえもん。りょうしなんたらなんて知らないよ。そんな話どうでもいいよ。ドラえもんが帰るのと何の関係もないじゃん」

「いや、実は関係している。それに分からなくてもいいから聞いていて欲しいんだ。なぜなら、この会話はいずれ誰かに観測されることになっているから」

「観測?ますます意味不明だよ・・」

「意味不明でも構わないんだ。これは量子力学を含めた量子論全体、そしてそこから派生したパラレルワールドに関わることなんだ」

「・・・」

「そしてそれは僕たちが存在したという証のためでもある。そのためにも話しておく必要があるんだ」

「ド・・ドラえもん?どうしたの?壊れちゃったの?」

「いや、僕はいたって普通だよ。とにかく聞いて欲しい」

「わ、わかった・・」

「僕たちがいるこの現代。量子力学の世界では、ものごとの状態を記述する波動関数は観測によって収束されると言われている」

「・・・?」

「簡単に言うと、観測しなければそのものがどういう状態にあるのか分からないってことなんだけど・・難しいかな?」

「・・・うん」

「別の言葉で言うと、誰かがあるものを見るまでは、それがいくつかの状態で同時に存在しているってことなんだ。簡単な例を挙げると・・・、シュレーディンガーの猫なんて言葉は・・・知らないよね?」

「シュレー・・ディンガーの・・ねこ?」

「うん。ある装置に猫が入っていて、その猫を観測するまでは、猫は生きた状態と死んだ状態のふたつの状態が同時にこの宇宙に存在しているってやつ。・・で、その猫を観測した時に初めて生きているのか死んでいるのかが決まるっていう・・」

「・・知らない」

「そうだよね。まあいいや。でね、シュレーディンガーの猫に限らず、量子力学における観測に関しては、ふたつの解釈があると言われているんだ。一般的な解釈と多世界解釈ってやつなんだけど・・」

「ドラえもん!ちんぷんかんぶんだよ・・。何を話しているのかさっぱりだよ・・。」

「うーん、仕方ないなあ。途中だけど話が長くなりそうだからこのあたりでやめておいたほうが良いのかな・・」

「うん、もういい」

「わかった。もしこういう話に興味があって、もっと詳しい内容を知りたいという方がいましたら、"量子力学" や "シュレーディンガーの猫"、"多世界解釈" とかで検索してみて下さいね」

「検索?何を言っているの?ドラえもん。誰に言ってるの?」

「あ、ごめん。忘れて」

「??」

「・・で、さっき出てきた量子力学の観測に関する多世界解釈によるとね、この宇宙は並行していくつもの世界が枝分かれ的に存在しているってことになるんだ。しかもそれは時間と共にどんどん増加している」

「んんん・・」

「つまり・・何が言いたいかと言うと・・・、僕たちは今こうして生きているじゃない?」

「うん」

「でも、ある宇宙では僕たちは実際には存在していないことになっているんだ」

「え?・・で、でも、僕らはこうしてちゃんと存在しているじゃん」

「だから、別の宇宙、パラレルワールドでの話だよ。そこでは僕らはアニメのキャラクターとして生きている」

「ア、アニメ?ちょっと唐突すぎない?何を言い出すかと思ったら・・」

「まあ聞いて。それは、ただ単に誰かが僕らを頭の中で創造しただけなのかもしれない。もしくは、その世界でも僕らは実際に生きていて、その実話をもとにアニメが制作されたのかもしれない」

「なんだか良くわからないよ。それになんでそんな別の世界の事がわかるわけ?」

「未来の世界ではある種のパラレルワールドを観測できるようになっているんだ」

「ふーん。そうなの。それはすごいや。うん、すごいすごい」

「なんかそっけないね」

「だって面白くないんだもん。意味不明なんだもん。さすがにもうどうでもいいんだもん」

「とにかく聞いて。・・で、そのアニメの中でも僕は未来の世界に帰ることになっているんだ」

「ふーん」

「でもね、その後みんながどうなったのかは誰もわからないんだ。その後の話は公式には制作されていないからね」

「なんか微妙・・。気になるけど・・別の世界での話でしょ?だから何なのって感じ」

「まあ確かに・・あくまでもパラレルワールドでの話だからね。ただ、面白いことに、その世界では僕たちの最終回、つまり僕たちがどうなったのかについて、いくつか別の話や解釈があるんだよ」

「ふーん、そうなんだ」

「例えば、のび太君、実は君は植物人間状態で入院しているって話がある。全ての物語が実は君の夢だったっていう話」

「こ、怖いよ・・」

「うん、怖い。それにあまり良い結末ではないよね。衝撃的ではあるけど」

「そうだね」

「それから、僕のバッテリーが切れてしまって動かなくなるという話もある。本来ならバッテリー交換するだけで良いんだけど、耳がなくなってしまっている僕は記憶のバックアップができないんだ。だから仮にバッテリー交換をして動けるようになっても、のび太君と過ごした期間の記憶が全て消えてしまう。僕の記憶がリセットされてしまうというわけ」

「そんな・・。僕と過ごした大切な時間の記憶がドラえもんから消えちゃうなんて嫌だよ」

「そう。その世界でも、のび太君は途方に暮れる。嘆き悲しむ。でも、きっと記憶を消さずに僕を復活させる方法があるはずだと信じてそこから猛勉強を始めるんだ。そして、一流大学を卒業し、優秀な科学者になる。僕の構造を分析し研究して、ついに僕を元通りの状態で、記憶を消さずに昔と同じ状態で復活させることに成功する」

「おお」

「僕を未来の世界で設計したのは他でもない、君だったんだ。大切な想い出を守りたいと願う、のび太君、君だったんだ・・という感動的な話だよ」

「ぼ・・僕がドラえもんを?うーん、それは凄いけど別の世界での話なんだよね?・・実際はどうなの?ドラえもんを設計したのは誰なの?」

「それは最高機密情報のひとつになっているんだ。だから僕も知らない」

「・・・そうかあ。でも・・もしかしたら、ドラえもんは未来ではなくて、その・・パラレルワールド?・・っていうところから来ていたりするのかもね」

「どきっ」

「え?」

「い、いや、なんでもない。何も言ってない」

「そう?・・まあいいや」

「・・ただね。ひとつ覚えておいて欲しいのは・・」

「うん」

「さっきも言ったように、僕たちの世界は無数に存在しているから、僕たちの最終回について色々な話や解釈があるのはいたって普通のことだってこと。誰かが観測している限り、すべてが正解であり、すべてが本当の話なんだってこと」

「・・うん、よくわからないけど、一応そういうことにしておく」

「ありがとう。今は理解できなくても、いずれ理解できるようになると思うよ」

「そうかな」

「うん」

「・・・」

「実際、今この瞬間も僕たちは誰かに観測されているから・・」

「・・・?」

「誰かがこの瞬間を見ているはずなんだ」

「・・・え?」

「あ、もうこんな時間だ。そろそろ行かないといけない」

「え?もう行くの?早すぎるよ。やっぱりちょっと突然すぎるよ」

「僕だって戻りたくない。でも仕方ないんだ。どうしようもないんだよ」

「だって、だって・・。ドラえもんがいなくなったら僕は生きていけないんだもん!」

「だから、さっきも言ったじゃないか。もう一度言おうか?」

「・・・」

「確かに君は泣き虫だし、いじめられたらすぐに僕に頼る。でもね、のび太君には誰にも負けたくないっていう気持ちがある。逃げたくないっていう強い気持ちを持っている。何度何度ジャイアン達にいじめられても、そのたびに立ち向かっていける。のび太君は前に進める勇気を持っているんだよ。諦めない強い心を持っているんだよ」

「で、でも、それは・・、そのためにはドラえもんの道具がいるんだよ。僕にはどうしても道具が必要なんだよ。それが僕の心の支えなんだよ。道具があるから僕は勇気を持てたんだよ!立ち向かって行けたんだよ!」

「だったら、これからは道具以外の何かを心の支えとすればいいじゃないか。道具以外で勇気を持てるものを持てばいいじゃないか」

「そんなの絶対にないよ!」

「何を言っているんだ、のび太君。絶対なんてものはないさ。それに大切なものを忘れていないかい?」

「え?」

「君はなぜかジャイアンやスネ夫、他の人たちからいじめられる。それは彼らが君のことを認めていないからだ。ナメなれているんだ。君をダメなやつだと思っているからだよ」

「・・・」

「でも、いつでも君のことを認めてくれる、そして優しくしてくれる友達がいるじゃないか」

「え?」

「わからないのかい?」

「・・・」

「目をつぶって思い浮かぶ人はいない?」

「・・・」

「よく考えて」

「・・・」

「ほら」

「・・・」

「・・・」

「・・・し、しずかちゃん?」

「そうだよ。まったくもう。君はしずかちゃんが好きなんだろう?いつかは一緒になりたいと思っているんだろう?」

「そ、そうだけど・・」

「だったら、しずかちゃんをがっかりさせないようにしなきゃ。好きな女の子と一緒になりたいのなら、その子を守れる強さを持たないといけないんだよ。大人になったら色々な責任もかかってくる。逃げ出したくなる時もある。でもそのたびに逃げてばっかりだったり、誰かに頼ってばっかりしているようだったら女の子はついてこないよ。ましてや、一緒になりたいなんて思わないよ」

「・・・」

「いいかい。負けそうになったら、好きな人、愛する人のことを考えるんだ。しずかちゃんの優しさ、しずかちゃんの笑顔を思い出すんだ。彼女は君のことを認めてくれている。それはどういうことかを考えるんだ。いいかい。しずかちゃんの気持ちに応えるんだ」

「・・・」

「しずかちゃんを想う気持ち。それはきっと僕の道具よりも大きなパワーを持つはずだよ」

「・・・」

「どうか勇気を持って。くじけそうになったら、僕ではなく、しずかちゃんのことを考えるんだ」

「・・・」

「彼女の笑顔を思い出すんだ」

「・・・」

「・・もう、のび太君!!!」

「・・・」

「・・しずかちゃんの笑顔を見たくはないの?」

「・・それは・・見たいけど・・」

「だったら!」

「・・わ、わかった」

「そう」

「うん・・わかった。わかったよ、ドラえもん」

「そう。君ならやれる。大丈夫だよ」

「ありがとう、ドラえもん。なんだか少し勇気が湧いてきたよ」

「良かった」

「・・ありがとう、ドラえもん」

「うん。・・じゃあ、僕は行くよ。またどこかで会えるといいけど・・、きっとこれが最後だと思う」

「大丈夫だよ。ドラえもん。僕はドラえもんがいなくても頑張れる。困難に立ち向かっていける。約束する。僕は強くなる。男になる。だから安心して欲しい」

「最後にその言葉を聞けて嬉しいよ、のび太君。今までありがとう。この世界に来て本当に良かった。のび太君に会えて本当に良かった」

「僕もだよ。僕もドラえもんに会えて本当に良かった。・・ドラえもんが来てからの日々は本当に・・本当に楽しかった・・」

「うん」

「色々な出来事が・・あったよね。映画のような冒険に出たことも・・あったよね」

「うん」

「うっ・・」

「のび太君・・」

「ドラえもんと過ごした・・その全てが良い想い出だよ。ドラえもんとの想い出は絶対に忘れない・・。絶対に。だから・・、だから・・ドラえもんも・・、うっ」

「な、泣くなよ、のび太君。僕まで涙が出てくるじゃないか・・」

「また・・、また会えるよね?どこかで・・きっとまた・・会えるよね?」

「・・・」

「また一緒に楽しい時間を・・・、また一緒に・・楽しい時間を過ごせるよね?」

「・・・」

「必ずまた・・会えるよね?」

「・・・」

「ドラえもんと・・過ごした時間は・・まるで、夢のようだったから・・」

「・・・」

「いやだよ。本当は・・ドラえもんと別れるなんて・・いやなんだよ」

「・・・」

「いやだよ!」

「ごめん、のび太君・・」

「いやなんだよ!!!」

「ごめん、のび太君。・・でも、もう行かなきゃいけない」

「ドラえもん・・、どうして・・」

「仕方がないんだ。それにもう迎えが来ているみたいだから」

「・・・ドラえもん」

「さようなら。のび太君。そして今までありがとう」

「・・・ドラえもん」

「これで・・本当に最後だ」

「・・・」

「のび太君・・、大丈夫だよ。君の人生は必ずや素晴らしいものになる」

「・・・」

「大丈夫だから」

「・・うん」

「ありがとう、のび太君」

「わかった。・・ドラえもんも、ずっと元気でいてね」

「うん」

「さようなら・・、ドラえもん。そして・・本当に・・本当にありがとう」


・・・・



あれから何年が過ぎたのだろうか。

その後ドラえもんが僕の前に現れることはなかった。


今、僕はとある結婚式場のチャペルの前に立っている。

隣には今日一緒に結婚式を挙げる最愛の彼女がいる。


あれから色々なドラマがあった。

辛い事もたくさんあった。

悲しい事もたくさんあった。

でも今、僕は最高に幸せを感じている。

言葉にはできないくらい大きな幸せ。

広くて包みこまれるような幸せ。


今でも時々思う。

ドラえもんは元気にしているのだろうか・・と。

そんなことを考えても仕方がないのだろうな・・とは思うけど。



ふと、チャペルの裏側にある大きな植木に目が留まった。


今、そこで何かが動いたような気がした。


・・驚いた。


なぜなら、それは、青くて、どことなく丸みを帯びた形をしていたからだ。



まるで・・



困惑する。



でも・・・



・・まさかね。



疲れているのかもしれない。



・・多分そうだ。



疲れているんだ。



彼女の顔を見たくなって顔を横に向ける。



同時に彼女も僕の方に顔を向けたようだった。



目と目が合う。



彼女のその目の中にも、





僕と同じように驚きと困惑の色が浮かんでいた・・







(了)

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