検証「小児性犯罪者のうちペドフィリアの人は3割だけ」は本当か?
「小児性犯罪者のうちペドフィリアの人は3割だけ」といったことをまことしやかに言う人たちがいます。結論から言いますと、本当ではありません。後述しますが根拠として挙げられていた論文にそんなことは書いてありませんでした。
と、その前に、パンの話をしますね。統計をよく分かっている人は飛ばしてもらってかまいません。
パン無罪論
まず「犯罪者が全員パンを食べているからといって、パンが犯罪の原因とならない」という『パン無罪論』について正確な理解を説明しておきます。
この『パン無罪論』が正しいのはどういう場合でしょう。
それは、犯罪統計をとった対象地域の人々のほとんど全員がパンを食べている場合です。
逆に、そうでない場合は成り立ちません。
とあるA市のパンの消費を調べると95%の人が「くまさんベーカリー」のパンだけを食べ、5%の人が「うさぎさんベーカリー」のパンだけを食べているとします。
(うさぎさんベーカリーのパンを食べると元気になり夜眠らなくても疲れないと評判ですが、生産が少なく会員制で限られた人だけが食べているそうです。)
さて、そのA市の暴行事件の犯人を調べると、60%の人がくまさんベーカリーのパンを食べ、40%の人がうさぎさんベーカリーのパンを食べていました。
「くまさんベーカリーのパンを食べている人の方が多いからそっちが怪しい」?いえいえ、考えてみてください。
もしパンに影響がないなら犯人のパン食の割合はくまさんのパン95%、うさぎさんのパン5%になるはずなので、想定の8倍という異様な数になる、うさぎさんベーカリーのパンを食べている人の方が多い!怪しいぞ!という話になるのです。
お分かりいただけたでしょうか。
統計では、とあるA市のような集団のことを母集団(性質や特徴を知りたいと思う集団の全体)と呼びます。
母集団で想定される属性aの割合に比べて、犯罪や病気に占める属性aの割合が有意に高い場合は、「属性aはその犯罪を起こしやすい」「属性aはその病気になりやすい」と言えます。(属性aが犯罪や病気の「原因」とは限りません。別にある「原因」に影響されやすい環境にある、なども考えられます)
強制性交罪(現・不同意性交罪)の犯人の99.7%が男性です。ほとんどの男性は強制性交しませんが、「男女の性別は関係なく単なる個人差」とはいえません。人口の男女比はおおむね1:1なので、関係ないなら男女50%ずつになるはずなのに99.7%あるので、男性という属性は強制性交罪を起こしやすいと考えられるのです。
それでは本題に移ります。
「小児性犯罪者のうちペドフィリアの人は3割」の根拠は何か?
「小児性犯罪者のうちペドフィリアの人は3割」の根拠となりそうなことが、意外なところに書いてありました。
Wikipediaです。
「児童性的虐待」の項目を見てください。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%85%90%E7%AB%A5%E6%80%A7%E7%9A%84%E8%99%90%E5%BE%85
に『チャイルド・マレスターがペドファイルの傾向にある割合は3割程度という調査結果(2006)もある[21]。』と書いてあるんですね。
(チャイルド・マレスターとは児童に性的暴行を加えた人のことです。ペドファイルとは小児に性欲を感じる人のことです。ペドフィリアは小児への性欲です。)
この部分の出典[21]を見てみましょう。
McCarthy, Jennifer A. (2010). The relationship between possessing child pornography and child molestation. United State New York: UMI Dissertations Publishing. pp. n/a. ISBN 9781124120638
これをグーグルスカラーで調べると、
https://scholar.google.co.jp/scholar?hl=ja&as_sdt=0%2C5&q=McCarthy%2C+Jennifer+A.+%282010%29.&btnG=#d=gs_qabs&t=1694229519252&u=%23p%3DjsdPAtHpw9oJ
ニューヨーク市立大学の紀要論文誌に載った学位論文で、被引用件数4だそうです。
論文の要約を読むと児童ポルノ犯罪者247人のうち直接児童に接触したのが71人(28.7%)、非接触が176人というデータが示されています。
つまり児童ポルノ法で捕まった人のうち実際に児童に手を出したのは約3割でしたよ、という話のようです。
「〜という調査結果(2006)もある」なのに、その出典の論文が2010年というのもおかしく、他の論文の孫引きかなぁと思います。
恐らくSetoらの2006年の論文を参照しているのではないでしょうか。
Seto, M. C., Cantor, J. M., & Blanchard, R. (2006). Child pornography offenses are a valid diagnostic indicator of pedophilia. Journal of Abnormal Psychology, 115(3), 610–615. https://doi.org/10.1037/0021-843X.115.3.610
こちらは米国心理学会(APA)が発行する査読済みの学術雑誌、Journal of Abnormal Psychology(現Journal of Psychopathology and Clinical Science)に掲載の論文で被引用件数289あります。多くの論文が参照していることが伺えます。
その論文の考察で、
とあります。
この論文の調査では100人の児童ポルノ犯罪者のうち43%が児童を含む性犯罪で起訴されていたことが示され、別の資料(FBI)では約1/3、著者(Seto)らの以前の研究では201人のうち24%だったということです。
児童ポルノ法で捕まった人のうち実際に児童に性的暴行したのは約3割というのは複数の論文から言えそうです。
でも、これ、
「チャイルド・マレスターのうちペドファイルが3割」じゃないですよね。
まさか児童ポルノ犯罪者がチャイルド・マレスターで、小児性暴行犯がペドファイルというわけではないでしょうし、せいぜい「ペドファイルのうちチャイルド・マレスターが3割」ということでしょう。
ただ、それだとチャイルド・マレスターは100%ペドファイルということになります。
少なくとも「小児性犯罪者のうちペドフィリアの人は3割」とするWikipediaの記載は、出典の内容とは全然違う間違いということです。
小児性犯罪者に占めるペドファイルの割合
ここで記事を終わっても良いんですが、もう少し調べてみました。
実際に児童に性的暴行をした小児性犯罪者のうちペドファイルの占める割合はいったいどれくらいになるのでしょうか。
Blanchard, R., Klassen, P., Dickey, R., Kuban, M. E., & Blak, T. (2001). Sensitivity and specificity of the phallometric test for pedophilia in nonadmitting sex offenders. Psychological Assessment, 13(1), 118–126. https://doi.org/10.1037/1040-3590.13.1.118
が参考になります。
こちらも米国心理学会が発行する査読済みの学術雑誌の一つであるPsychological Assessmentに掲載、被引用件数181です。
成人女性に対する82人の男性性犯罪者、無関係の子供に対する172人の性犯罪者、そして自分の子供または養子に対する70人の性犯罪者を調査しています。
ファロメトリックテストという方法を使っています。
ファロメトリックテストとは、成人から児童までの性的な画像スライドを流しながらストーリー音声を聞かせて、ファルス(男性器)の反応をみる(この論文の場合は血流の増加)という検査です。準備に手間がかかり検査者の熟練を要し、倫理的に批判があり、近年ではあまりされておらず代替手法が色々検討されているところですが、それら代替手法のゴールドスタンダードとなる検査ではあります。
成人女性ばかり(24人以上、同意の有無は問わず)を標的にした性犯罪者のほとんど(96%)は児童の画像に反応せず、特異度の高い検査だといえます。「特異度が高い」というのは、検査が陽性ならその診断はほぼ確実ってことです。
一方、無関係の子どもばかり(3人以上)を標的とした小児性犯罪者の61%が反応したことから、感度61%としています。これは、1人や2人ならともかく3人以上子どもばかり襲った小児性犯罪者(チャイルド・マレイスター)は流石に全員ペドファイルであろう、という厳しめの想定を元に計算されています。
普通に考えて欲しいんですけど、他人の子どもばかり3人以上襲った男が「単に狙いやすかったから子どもを襲っただけで、子どもに対する性欲はありません」と言ったってそりゃあ嘘だろって話です。
この61%という感度は決して悪くないものの、それほど高くありません。「感度がそれほど高くない」ということは、検査が陰性でも否定は出来ないということです。
この感度・特異度をもとに計算すると、無関係の子供の被害者が1人の性犯罪者の約50%、被害者が2人の性犯罪者の約70%、自分の子どもまたは養子を標的とした性犯罪者の約50%がペドファイルということになります。
つまり、小児性犯罪者のうちペドファイルの占める割合はその加害の対象や人数により50〜100%と考えられ、最低でも5割です。
人口におけるペドファイルの割合は1〜5%と言われています。
小児性犯罪者に占めるペドファイルの割合はどんなに低くても50%なので、影響がないと想定した場合の少なくとも10〜50倍、ペドファイルは小児性犯罪を起こしやすいのです。
結語
「小児性犯罪者のうちペドフィリアの人は3割だけ」は間違いです。根拠とされた論文からは「児童ポルノ法で捕まった人のうち実際に児童に性的暴行したのは約3割」としか読み取れません。一方、文献的には小児性犯罪者のうちペドファイルの占める割合はその加害の対象や人数により50〜100%と考えられ、最低でも5割でした。
このnoteを使ってネットデマを否定していってもらえると幸いです。
2023.09.10 てててああ@teteteaa
追記(2023.09.11)
上記2006年のSetoらの論文の中で、
『この診断基準を満たした割合は、児童ポルノ加害者の61%、児童を被害者とする加害者の35%、成人を被害者とする加害者の13%、一般の性科学患者の22%であり、χ2(3, N = 685) = 86.77, p < 0.001と、グループ間で有意差があった。言い換えれば、児童ポルノ犯罪者は、児童に対する犯罪者と比較して、ファロメトリー的にペドファイルと同定される確率が約3倍(オッズ比=2.8)であった。』
と書いてあります。「小児性犯罪者の35%がペドファイルと書いてあるじゃないか」という指摘がありました。
良く読んでみましょう。“phallometrically”つまり「ファロメトリー的に」ペドファイルと同定されたんですね。
ここまで読んでこられた賢明な皆さまはその意味にすぐ気付かれると思います。
感度61%特異度96%のファロメトリックテストで35%ということは実際のペドファイルは55%くらいでは…?と。
みんな大好きベイズ推定の2×2表で計算してみましょう。
ファロメトリックテスト陽性者が35%ということは全体が100人のときファロメトリックテスト陽性者は35人、陰性者は65人です。感度61%特異度96%として、以下の連立方程式を解けば実際のペドファイルの数が推計できます。
A+B=35
C+D=65
A/(A+C)=0.61
D/(B+D)=0.96
四捨五入すると答えはA=33、B=2、C=21、D=44となり、ペドファイルの推定人数はA+C=54、54人と分かります。つまり54%が実際のペドファイルの数になるのです。
予想通りでしたね。
ここで「児童ポルノ加害者の61%がファロメトリーで陽性だった」ことの意味を考えてみましょう。
感度61%特異度96%のファロメトリックテストで61%が陽性だったら、実際のペドファイルの推定割合は…?
上のように連立方程式を解くと、
A=61、B=0、C=39、D=0でA+C=100、
なんと100%ペドファイルということになってしまいました。
(D/(B+D)が計算できなくなりますが、新型コロナの発熱外来などでは良くあることで、陽性者が感度と同じ検出限界の数値ということは、検査を受けた人全員が実際にその患者でもおかしくない、いわゆる「サチった」状態です)
児童ポルノ犯罪者のほぼ100%がペドファイルと考えられるなら、えっと、ファロメトリックテストなんて面倒くさいことしなくて良くない?と思っちゃいませんか。
小児性犯罪者を捕まえて、面倒くさい検査をしなくたって、児童ポルノ所持してればペドフィリアと 即・診・断 出来ちゃうのでは?
とまでは厳密には言えないので、Seto先生は
Child pornography offenses are a valid diagnostic indicator of pedophilia.
(児童ポルノ犯罪はペドフィリアの診断指標として有効である。)
くらいの穏当な表現にとどめているんですね。
とはいえ、上記論文からは
児童ポルノ犯罪者のほぼ100%、小児性犯罪者の約54%がペドファイル
くらいに考えておいて良さそうです。
それでは。
2023.09.11 てててああ@teteteaa
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