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こんなひといたよ 第22話「妻の色に塗られた部屋を染めなおす夫」

奥田英朗「家日和」に収録されている「家においでよ」から、「妻の色に塗られた部屋を染めなおす夫」を紹介する。

正春の妻仁美は、自分が選んだカーテンや家具等とともに理由も言わずに出て行った。

突然一人暮らしになった正春は、生活に必要なものを買い戻す中で、いつの間にか自分が欲しかったオーディオ、自分好みのソファなどを揃えた。それは今まで妻が選んできたそれとは明確に違うものばかりだ。

正春の部屋は、いつのまにか男友達のたまり場となる。男たちは自分の家に自分の居場所がないのだろうか。まるで大学生の一人暮らしの部屋のようだ。

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「おれ、思うんだけど、きっと巣作りっていうのは女のアイデンティティなんだろうな」と言ったのは友人の酒井。「男は出しゃばっちゃいけないんだよ」
「うん、わかるかな」正春は目を伏せて苦笑した。

「家に自分の遊び場が欲しければ、それなりの大きな家を建てられるとか、別荘持てるとか、そういう甲斐性が求められるわけよ。建売住宅で男の王国は作れない。マイホームは女の城だ」

言いえて妙なので、正春は肩をすくめて見せた。そして我が身のことを思った。

この二か月ほど、夢中になっていたのは自分の王国を作ることだったのかもしれない。仁美が出て行って、足枷が外れ、一度やってみたかったことを誰にも気兼ねせず実行に移したのだ。オーディオやホームシアターは、自分だけの暖炉だ。電気スタンドやソファは、陣地を守るためのお堀だ。

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家の中の主導権を握るのはなんだかんだ言って妻であることは、ほとんどの家庭で異論はないだろう。本書では「巣作り」と言う言葉が使われていたが、非常に的を得た言い方だと思った。もちろん”もれなく”と決めつけるつもりはないが、男と女にはそのような違いは事実ある。

すれば自然とカーテンやカーペット、家具から家電にいたるまで、その選択の主導権を握るのは妻となる。我が妻も、四六時中スマホで色々調べては、これが欲しいと言ってくる。

それは別にいいのだが、正春夫妻と同様に、うちの家庭も二人の趣味は随分違う。妻はとにかく「白」が好きだ。家のリフォームをした結果、床から壁から天井まですべて真っ白になった。家具も家電もすべて白だ。私はダークな穴倉のような家が好きだ。

モノも置きたくない派である。片づけが大変だし、ほこりが溜まるからだそうだ。私は、壁一面本棚にしてごちゃごちゃとした研究室のような部屋が好きだ。

その方針に対しての相談は基本ない。自分の好みの色に勝手に染め上げていくのである。

自分が主導権を握る唯一の方法は、家事をすべて自分がやること。それしかない。今は、妻は掃除も何も自分がするんだから、自分のやりたいようにさせろということだろう。もっともな話だ。

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