みんなのこどもカフェへ

しなもんが初めて「みんなのこどもカフェ」の木製の扉を開けて入ってきたとき,常連客のドフラミンゴさんは,なにかの間違いだと思ったという。

「千円札もって『あわあわ』言ってるから,『ここはあんたが来る店じゃないよ』て言ってやったんですよ」(ドフラミンゴ談)

わたしはなるべく自分が見聞きしたことを書こうと心がけているが,しなもんが初めて「みんなのこどもカフェ」に来たところを見ていない。だから,複数の人々の証言をもとに,およそこんな感じだっただろうと思われることを書こうと思う。
わたしの推測では,中学 1 年生のしなもんは「あわあわ」と言っていない。

ドフラミンゴ「なに,どうしたの」
しなもん「えっ」(ドフラミンゴを見ていない)
ドフラミンゴ「間違って入ってきちゃったの? ここはあんたが来る店じゃないよ」
しなもん「あ」(ドフラミンゴを見ていない)
店長「ひとりで来たの?」
しなもん「えっお母さん」(店長を見ていない)
店長「お母さん,どこにいるの」
しなもん「えっ下」(店長を見ていない)

「ほんとにいた」と,しなもんは思って,ほのかを見ていたという。お母さんにもらった千円札をつかんだまま。

しなもんは,小学 5 年生のころ学校に通うのをやめていた。とりはからいによって,週に何度か保健室に顔を出して給食を食べれば,出席の扱いを受けられることになった。それ以外の時間は,自宅で絵をかいたりインターネットを見たりしていた。そして,ほのかを見つけた。
ほのかは,少女向けサイトのアルファ・ブロガーで,アイドルでもあった。同世代の女子たちの支持を受け,やっかみを買っていた。みんなのこどもちゃん「死んだうた」(2019)のセリフの部分は,ネット上に書かれたほのかにたいする罵詈雑言を構成したもので,その時期のものも含まれる。ちなみに,配信されている音源で罵詈雑言を語っている二人のうちひとりは,のちにポエトリープに加入して「出窓なも」となる,なもちゃんだ。
それが嫌になったほのかは,ブログもアイドルもやめた。それ以前に高校も退学していた。なにもすることがなくなったので,バイトでもしようと「みんなのこどもカフェ」で働きだした。しなもんは,そのようすを SNS で追っていた。
しなもんがほのかのツイートにリプライすると,ほのかは「(こどもカフェに)来なよ」と返事したという。わかる。ほのかは,「じゃあ来る?」とか「おいで」じゃなく,「~しなよ」と言う。
しかし,小学 5 年生から引きこもっていた少女にとって,電車を乗りついでいく新宿という場所に現実感はなかった。それから数か月後,外出先のお母さんから連絡があった。「いま新宿にいるんだけど」。新宿は地続きだと,そのときしなもんは悟った。
新宿に行きたいと,しなもんは両親に言った。そのやりとりを思いうかべるたび,わたしはご両親の側に立つ。小学 5 年生から引きこもって中学 1 年が終わろうとしている冬,娘が外出したいと言いだした。行きたいところは歌舞伎町一番街。2 階が焼肉屋,4 階が熟女パブ,隣がタイ料理店の 3 階のカフェ。もしわたしならば,それを諒解するだろうか。しなもんのご両親は,娘の思いを尊重し,お母さんは千円札を渡してしなもんひとりを「みんなのこどもカフェ」に送りだした。

「あのころそういうコがよくいたんですよ」と,ほのかはのちにわたしに言ったことがある。たしかにそのころ,ほのかに憧れて,ほのかに会いたくて,みんなのこどもカフェを訪れる女子が大勢いた。しかし,中学 1 年生は最年少だったろう。みんなのこどもちゃんは,しなもん,ほのか,バンド・メンバー,プロデューサー(店長)の順に人見知りで口下手なので,ほのかは,自分を訪ねてきてくれたしなもんに,ありがとうの一言が言えなかった。「あのころそういうコがよくいたんですよ」とは,そういう意味だ。
わたし「じゃあなに話したか覚えてます?」
ほのか「その日はなにも話してないの」
ほのかが人見知りをすると思っていたかどうかわからないが,しなもんはほのかに手紙を書いてきていて,それを渡したという。

のちに「起きたら死んでたい」(2016)のミュージック・ヴィデオで,ほのかとしなもんが二人でひとつのベッドに入っているシーンがある。初期に東京を離れてライヴを行うさい,経費節約のため二人がダブルベッドの部屋に宿泊することが何度かあったという。あるとき福岡に招かれて二人に別々の部屋が用意されていたとき,ほのかさんが「さびしかったー」と言ってたの,あれあとで,しなもんに伝えときましたからね。
https://youtu.be/UPcPzMvw7lM

ところで,しなもんはほのかに手紙を渡し,それでおしまいのはずだった。だって,ここまでの話のなかで,登場人物のだれもそれ以上を望んでいない。
ほのか「そしたら,しなもんかわいいからアイドルやろうって店長が言いだしたんですよ」
「今日は来てくれてありがとう」と言えるひとたちが集まっていたならば,みんなのこどもちゃんはたぶん結成されていなかったことだろう。


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