墓参り

noteを初めて書きます。週一ペースで書いていこうと思います。

年始に両親と墓参りに行きました。
母方の祖父母と兄弟の墓参りです。毎年3~4回行きます。
盆や正月、春、秋のお彼岸です。
両親の誘いがあって、いっしょに行くことがほとんどで自分から
行こうといったことがあまりありません。

そのような自分でも、手を合わせ母方の祖父母と兄弟の顔を思い浮かべ、心で対話するイメージを作ります。
特にばあちゃん子だったことだったこともあり、墓参りで手を合わせ祖母の顔を思い浮かべると、自分の心の中に祖母が現れ、心が癒されます。
母の兄弟は2人いましたが、2人とも若くして病気と事故でなくなったので、孫が私と兄しかいないので、母方の祖父母の愛情をたくさん受けることができたという背景もあります。

祖母は貧しい家庭で、小学生のころから親もとを離れ働いてました。このっような背景があったため、食べ物をたくさん上げることや、何か買ってあげることなどで私へ愛情を注いでくれました。とにかくどうやって孫を喜ばせようかということを考えてくれる人でした。
カニクリームコロッケ好きの私におやつで10個くらいカニクリームコロッケを飼ってくれたり、サイダーをケース買いして、いつ来ても出せるようにしてくれたり。寝るときは布団を並べていっしょにゲラゲラ笑いながらテレビを見てました。当時中間にはダイエーがあり、いっしょに買いもの行くのも楽しい時間でした。
なんとなく祖母をドラえもんのような、いっしょにいると心が癒される存在に感じてました(うまく伝わらないかなw)。
しかし、歳をとっていくと祖父母の家に行く機会もなくなり、最後亡くなる前に入院しているときも、仕事をしていたこともあってそれほどお見舞いに行くことはできませんでした。
あるとき、お見舞いに行った帰りに、祖母に「帰らないで」と言われたことがあります。いつも優しく強い祖母でしたが、最初で最後、孫に見せた弱さでした。しかし、夜遅く翌日仕事があった私は家に帰りました・・・。
その数日後、容体が悪くなり旅立っていったと記憶しています。

そういう、祖母ではありましたが、墓参りで、目を閉じ思い出すのは、元気に私を呼んでいる姿です。その声は私に元気を与えてくれます。
墓参りに行く理由は諸説あるようです。私は、心の中で故人とふれあうことで、自分が存在していることに感謝し、結果の心が癒されるという感じなんですかね。

春の彼岸は自分から両親に声をかけて墓参りに行こう。

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