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思い切って、巻き込まれてみた。#8

どうも〜 てるです。
京都での隠居生活12日目、
そろそろ隠居のベテラン気分です。


今回の記事はですね。

Yume Wo Katare 各県代表による
リレーブログ第一弾!
鳥取代表タカさん→沖縄代表ダンさん→僕
の順でバトンが回ってきました!


テーマ
知りたい!Yume Wo Katare と
あなたとの出会い。


各県の代表が、それぞれどんなきっかけで
Yume Wo Katare に関わることになったのか
それを少しでも知ってほしい思いで
リレーブログが始まりました。


(隠居生活中のおてるが
暇を持て余して思い浮かんだ説もある。)



それでは、内容の前に
初めて読んで下さる方もいると思うので
改めて自己紹介しますね。
項目はダンさんの引き継ぎます!


【名前】平野 慶輝 (ひらの よしてる)

【呼ばれ方】てる、おてる、てる氏
たまに靴下王子や製麺職人と呼ばれます。

【生まれ育ち】京都生まれ、京都育ち
三代続く京都生まれなので生粋の京都人らしい。
今はあまり関西弁は喋りません。

【生年月日】1997/9/23

【経歴】
京都市立高校卒
→京都造形芸術大学進学
→魔法にかかったロバ運営参加
→Yume Wo Katare Kyoto立ち上げに参加
→大学退学
→株式会社ヤマロクに就職
→Yume Wo Katare Onagawa、Sapporo参加
→Yume Wo Katare Naoshimaオープン予定

【好き】靴下
つくること、話すこと、食べること。

【特徴】可愛い靴下に目がない。
兄弟姉妹が7人いる大家族育ち。

【夢】出会いを紡ぐ人になる。
価値観の多様性を楽しみ合える社会を作る。



では、本題に入りますね。
僕とYume Wo Katare との出会いについて
実は何回か文字に起こしていて
noteにも記事があるので
貼り付けようと思います。


楽だからではないですよ。
僕文章長いので、読みやすいように
同じ内容は書かないような工夫です。
(楽したい気持ちがないわけではない)


製麺職人てる誕生秘話という
Yume Wo Katareとの出会いがこちら。

いってらっしゃーい。
読んだら帰ってきてね!


「製麺職人てる、2歳になりました。」

↑こちらから飛べます。


さて、いかがでしたか。
出会った当時、僕は何者でもなく
ラーメンには縁もゆかりもなかった
よくいる靴下好きな大学生でした。

実は、創業者西岡とは
Yume Wo Katare Kyoto立ち上げから
1年と半年経ってから初めてお会いしました。

巻き込んでくれたのは、女川代表であり
株式会社夢を語れ代表の山崎でした。
これは他のメンバーとのわかりやすい違い。

Yume Wo Katare Kyoto、Onagawaを
共に立ち上げた株式会社ヤマロクメンバー。


僕の場合は、Yume Wo Katareとの出会いに
日替わり店長の店 魔法にかかったロバが
前段階にありました。
長いので以後まほロバと省略します。


ここからは、少しまほロバの話。


まほロバは、日替わりで店長が変わる店。

店内で流しそうめんやってみたい!
マジックを楽しめるBARやりたいです!
手づくり市と似顔絵描きやりたい!

それが、できちゃうのがまほロバです。


夢を叶えたい人のお手伝いをしたい気持ちで
まほロバ運営に参加していました。

(97年生まれ、同期の事務局は3人いました)



去年の8月にまほロバは閉店しましたが、
夢を叶えられる場所は
まほロバに限らずたくさん存在します。
イベントスペースとかね。


そして、僕のいる場所もその一つに。
僕の存在が夢に向かって頑張りたい人を
応援できるものにします。


やりたい!と湧き出てくるものを
否定せずに肯定して
前向きに背中を押せるように
これからも精進していきますので
どうぞ応援のほどよろしくお願いします。





次のバトンは、ヒョードルさんに!

皆さんご存知ない方だと思います。
実はまだ直接お会いしたことない方で、
謎多き方なんです。
まず僕が、とても興味持ってるので
バトン繋ぎます!

よろしくお願いします〜



最後に、

まほロバしてた頃の
楽しそうな写真貼っておくので
こんな感じで人が入り混じる居場所を
作りたいんだ〜って受け取ってもらえると
嬉しいですー!


月一でまほロバを使う店長が集まる
店長の集いの集合写真ですね。
出会いと愛に溢れた居場所です。ほんと


大体一番奥にいます。
ほな、また。


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