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ドシプルールとチャンズの話

トゥバの音楽に関心がある方でしたら、YouTubeの動画などをご覧になった際に「源氏パイ」みたいな形の、なんだかギターみたいな三味線みたいな楽器をトゥバ人がジャカジャカ弾いている様子を見たことがあると思います。これらの楽器はドシプルールとかチャンズとか呼ばれる、トゥバ共和国の3弦の撥弦(はつげん)楽器です。トゥバでとても人気がある楽器で、トゥバの民族楽器といえばまずイギルかドシプルールという感じかなと思います。

トゥバの著名な喉歌歌手の中には、コンガルオール・オンダールやゲナディ・トゥマットなど、イギルよりもドシプルールをメインの楽器に据えて演奏活動を行ってきた人も多いです。ドシプルールやチャンズは、喉歌の伴奏楽器としてとても人気があります。逆にいうと、基本的には伴奏として使われる楽器で、歌を伴わないソロ演奏での楽曲を僕はほとんど知りません。

1999年にアメリカのTV番組「LATE SHOW」でパフォーマンスするコンガルオール・オンダール氏

ゲナディ・トゥマットは実際に動いている演奏動画は少ないが、現在は各種サブスクなどで気軽に演奏を聞くことができる。このCDのジャケット写真では4弦で表面が板張りの様に見える珍しい楽器を手にしている(ドシプルールではない楽器なのかもしれない)

●ドシプルールなのかチャンズなのか

箱型のドシプルールとハート型のチャンズ

まず基本的な話として、僕は基本的には箱型のものはドシプルール、「源氏パイ」みたいなハート型のものはチャンズだと理解しています。ただ、トゥバの人達もハート型のチャンズをドシプルールとしばしば呼ぶなど、呼称は曖昧な印象です。(ただ箱型をチャンズと呼ぶことはありません。)また、イギルの様な形のドシプルールが存在したり、中国の大三弦の様なチャンズもありますが、煩雑になりますのでここでは深く立ち入らないこととします。

ドシプルールを弾くゲルマン・クーラル氏と大三弦型チャンズを弾くヴァレリー・モングシュ氏(2011年筆者撮影)

●楽器の構成と素材

基本的にはドシプルールは両面(片面の場合も)を革で覆った台形の胴体と、胴体を貫く長いネックの2つの主要部分から構成されています。使用する木材ははカラマツが多く、トウヒ、マツ、スギなどが使われることもある様です。革は山羊の革が多いようですが子牛、鹿の皮の場合もありますし、僕が所有しているものだとヘビ皮、魚の皮のものもあります。台形のドシプルールの場合は皮の表面に小さな共鳴穴が開けてある場合があります。ハート型チャンズに関しては木枠の中央部分に円形で動物の皮を貼ります。木枠に2箇所サウンドホールがあるので、こちらの方が音抜けが良い。逆にドシプルールはボディが太鼓のような構造で、もっとパーカッシブなグルーヴ感のあるサウンドが得られます。

弦は元々は馬の尻尾や動物の腸などをを撚った物を使用していたようですが、現代のミュージシャンは基本的にはクラシックギターの巻弦を貼っています。年配のミュージシャンの中には鉄弦を張っている人も見かけます。ソ連時代の影響でバラライカやドムラの弦を貼っていたこともあるようです。また、昔ドシプルールは2弦でした。元々はチャンズが中国由来の3弦の楽器だったことや、バラライカなど様々な撥弦楽器との融合が進んだ結果、途中で1弦増えた様で現在は3弦がスタンダードになっています。
チューニングは細い弦からDADの様に5度で調弦が基本ですが、4度にする場合もある様です。ただチューニングは好きに色々と試してみるのも面白いと個人的には思っています。
ネックにフレットは基本的には無かったのですが、ソビエト時代に改良の試みが加えられ、今はフレットレスとフレット付きが混在しています。無い方が比較的スタンダードかなといった印象です。ソ連時代の連邦内諸民族の民族楽器の改良の話はまた奥深いテーマです。

日本でも来日公演を行った故・ウッペイ・アンドレイ氏はチャンズに鉄弦を張っていた

●演奏方法  

ギターのようにネックの弦を指板に押し付け調音します。右手、というか弦を弾く方は比較的自由です。人差し指で3つの弦を同時にアップダウンさせながらはじく演奏が比較的多いかなと思いますが、人差し指と親指で一弦ずつはじく弾き方もスタンダード。90年代以降の話だと思いますが、ギターのピックも使用されるようになりました。今はピックより指弾きの方がスタンダードです。

また、これはおそらくフンフルトゥのサヤン・バパがオリジネイターだと思いますが、親指を一度ダウンさせた後人差し指をアップダウンさせ、駒の部分を若干ミュートさせる「サヤン・バパスタイル」とも呼べそうな演奏方法(下の動画参照)は後輩ミュージシャンたちがこぞって真似する様になり、新しいスタンダードになった感があります。トゥバの伝統的音楽は、もちろん先人が残したものを継承していく意識を強く持ちながら、同時に時代と共に常にアップデートされていく面もあるんですよね。伝統的でありながら、新しく更新されている現代に生きた音楽だと僕は思っています。

●僕の歴代のドシプルール

2010年、アラッシュのアヤノール・サムと

折角の機会なので僕の歴代のドシプルールとチャンズを紹介します。ここで紹介しないと、もう機会がなさそうなので。
僕が初めてドシプルールを手にしたのは確か2008年頃で、初代は写真右側の茶色い箱型のドシプルール。製作者はトゥバ・ナショナルオーケストラのカン・フレル・サーヤという人。カンフレルは基本ミュージシャンで専門の楽器職人というわけではないので結構珍しい。最近弾けていないんですがすごく良い楽器で、そのうち手入れしてライブに登場させたいです。

2号機はこのヘビ皮のチャンズ。2011年に購入。現在トゥバ共和国の文化大臣であるアルダール・タムドゥン氏が組織していた楽器工房にて購入しました。珍しいヘビ皮を張っており、音量が比較的大きい。ニシキヘビの皮を使用していますが、トゥバにはニシキヘビはいないはずで、別の楽器に使用されていたものを貼り直したそう。このように現代の職人たちは様々な素材を試しながら楽器製作を続けています。ヘビ皮のチャンズはルックスが何よりも気に入っているので、ライブで弾きたいんですがなかなか登場の出番を作れずにいます。この楽器は、帰国の際空港でヘビ皮がワシントン条約に引っかかる恐れがあったので、書類を作ってもらった思い出があります。

アルダール工房のドシプルール

3号機がこのスタンダードな箱型のフレットレス・ドシプルール。同じくアルダールの工房で購入し、やはり使い勝手が良く歴代の中でこの楽器を一番長く使用していたと思います。2012年制作。柔らかくてとても良い音がします。

モングンオールのフレット付きドシプルール

日本でも演奏活動を重ねるごとに、ありがたいことに様々なミュージシャンの皆さんと共演させていただく機会が増えてきました。トゥバ音楽ではない楽曲を演奏する機会も増えてきたので、対応する際便利なフレット付きのドシプルールが欲しいと思い、モングンオール先生に頼んで作ってもらったのがこの楽器。これが僕の4号機、という感じですね。今でもライブ現役で使用しています。3号機のフレットレス・ドシプルールより比較的引き締まった硬質なサウンドがします。2018年制作。


マラットの6弦チャンズ  

最後に、現在も使用している6弦のチャンズ。これが最新の5号機で、2019年制作です。フレット付きの3弦のドシプルールをチューニングを色々と試しながら弾いていくうちに、コード感をもう少し出したいなと思う機会が増えてきました。もともとライブでもクラシックギターを演奏していたのですが、6弦でドシプルール、チャンズのサウンドが欲しいと思ったのです。この楽器を作っているトゥバの職人を1人だけ知っていました。マラット・ダムドゥンというベテランの楽器職人で、彼は特にチャンズが得意な製作者でした。彼が製作した6弦のギターのようなチャンズは、トゥバ文化センターのフロントに飾ってあったので、彼にコンタクトを取り一緒に相談して完成したのがこの楽器です。
トゥバでこの楽器を所有しているミュージシャンは、僕が知る限り「ハルトゥガ」というグループのナチューン・チョレベという人だけで、彼もそれほどステージで使用していないと思います。

ということで、トゥバ人もほぼ使用していない、ある意味で僕のオリジナル楽器、とも言えるかもしれない6弦のチャンズですが、可能性を感じています。日本人である自分なりの考えで、独自の演奏方法とサウンドを開拓していきたいと思っています。


ここまで読んでいただいて有難うございました。
この記事は全文無料でご覧いただけるんですが、9/2のコンサートのライブ配信をご覧いただいた方への投げ銭の受け皿として課金できるようにしておきます。ライブをご覧いただいた方(もちろん、この記事が面白かったと思った方や僕の活動を応援してくださる方も)記事購入で応援していただければ幸いです。ではでは。

●参考文献
等々力政彦/
・トゥバ音楽小事典 
・トゥバの三弦の撥弦楽器ドシュプルールとその歴史 ーモンゴルの楽器と古代テュルクの楽器クブズとの比較を中心にー
・シベリアをわたる風
Левин Теодор /  
Музыка новых номадов
В.Ю. СУЗУКЕЙ / 
МУЗЫКАЛЬНАЯ КУЛЬТУРА ТУВЫ В XX СТОЛЕТИИ
Конкурсы мастеров музыкальных инструментов Тувы

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