気づいたら樹木希林のテリトリーにいた
樹木希林の演技を、生で見たことがある。
急な出来事で、その場にいた誰も、理解できていなかった。
樹木希林は、相手が理解できないうちに自分のテリトリーに他人を巻き込む人だった。
試写会・舞台挨拶に行く趣味
ときどき、映画の試写会や舞台挨拶に行く。
映画だけを観る試写会もあれば、映画の前後に監督や俳優、スペシャルゲストが舞台上でしゃべる「舞台挨拶」付きの場合もある。
『デッドプール』の試写会では、ゲストとしてcreepy nutsが登場。R-指定さんが観客からお題をもらい、その言葉を盛り込んでデッドプールの宣伝をするフリースタイルラップを見せてくれた。
『台風家族』の舞台挨拶では、主演の草彅剛さんが、共演者に話を振っておいて突然自分のYoutubeの告知をしだす、フリースタイル生き様を見せてくれた。
スマスマや「FNSがんばった大賞」で見ていたのと同じ草彅剛だった。
一瞬で異質だった樹木希林
樹木希林さんを見たのは、『海よりもまだ深く』という映画の舞台挨拶だ。
主演は阿部寛さん。その母親役が樹木希林さんだった。
映画が終わると、司会者が登壇し、監督と出演者を一人ずつ呼び込んでいく。
樹木希林がステージに現れた瞬間、空気が変わった。
なぜか手提げかばんを持ったままステージに上がった希林さん。
ぴょこぴょこと歩いてきて、監督や他の出演者がしゃべっているときもフラフラしている。
こんなに「他人が疑問を抱かないようにおとなしくしよう」、としていない人を初めて見た。
希林さんは「うちの息子(阿部寛)、今回の映画では団地の小さなお風呂に入ってたけど、世が世ならローマ風呂に入れる人なのよ」と、『テルマエ・ロマエ』と絡めて爆笑をとった。
肩の力が抜けているのに、皆をがっしりロックしている。仙人の所業だった。
そして、演技に巻き込まれた
司会者が「好きなセリフはどこですか?」と質問した。
一人ずつ「ぼくは、自分が言った『~~~』っていうセリフが好きで…」と答えていく。
「では、希林さんは?」と尋ねられたとき、希林さんは突然、
「…あれ?私、今いいこと言った? ねぇ、いいこと言ったわよね?」
と、しゃべりだした。
客席で見ていて、「え、どうした?最前列のお客さんにしゃべり出しちゃった?」と思った。
希林さんは、
「ちょっと書いときなさいよ。今度のあんたの小説に使っていいわよ。忘れないうちに書いときなさい」
と、続けた。
そこまで聞いて、「あ、さっき映画の中にあったセリフだ。質問に答えてたのか」と理解した。
と同時に、「え?…今、樹木希林の演技を生で見た?」と気づき、ゾクッとした。
さらりとしゃべっていて自然体なのに、人間味の濃さは現実離れしている。リアルなのに、生命力は誇張されていて、見ているこちらにバシッと入ってくる。そんな演技だった。
しゃべり終わり、「あのくだりがすごい好き」と締める希林さん。
司会者も「セリフに入っていたんですね。私ちょっと、今どうなったのかなと思いましたけど、セリフでした」と、戸惑った様子だった。
話が発展し、「私、子供のころ自閉症だったのよ」と語った希林さん。
それを聞いて、やけに納得した。
この人は、自閉症を「開く」ことで乗り越えたのではなく、閉じたまんま、自分のテリトリーを広げることで克服したんだな、と思った。
希林さんの「自分の中」は、本人の体を飛び出して広がっていて、他人をそこに入れてしまえば、開かなくても人と関われる。
個性がダダ漏れな希林さんを見ていて、そんな感じがした。