「砂糖とミルクを入れる際の情動的な躊躇いについて」について

1.表面上のテーマは「クリぼっちな女の子」

歌詞は恋愛に奥手な女の子が主人公です。

彼氏がいないのでSNSにはひとりのきりの写真しか上げられません。
想いを寄せている男子と0時過ぎてもラインのやり取りはしているけど、なかなか進展しません。
相手の返信を待ちながら、ダラダラとスマホをいじり、眠れない夜を過ごしています。

2番では、相手の好みに合わせようと奮闘する主人公の姿が描かれています。
趣味じゃないけど、相手が好きそうな口紅を買ってはみたものの、結局洗面台の周りに転がってしまっています。
クリスマスの夜もひとりきりで過ごすことになり、なんだか自分の恋に苦しんでしまっています。

そんな可愛らしくて、ちょっとイジらしい女の子のストーリー。

……

というのが表面上のお話です。

2.バッハの対斜

クラシック音楽家として有名なバッハはマタイ受難曲の中で「対斜」という技法を使っています。

対斜とは簡単に言うと、音楽理論の禁則の一種です。
やってはいけない声部の動きのひとつです。

この禁則をバッハはあえて使っています。
マタイ受難曲で「貧しき者たちに……」というマイナスな言葉に対してあえて対斜を使うことで、その歌詞を印象付けています

このように、音楽理論を意図的に破ることで、別の意味を表現することができるのです。

3.音楽的な水面張力

さて「砂糖とミルク~」では、いくつか音楽理論的に怪しい部分があります。
例えばサビ。


「入れて」の「て」の部分は、E7に対しては#11、C#7に対しては13という非常にきわどいテンションノートを縫っています。
今にも崩壊しそうな、不安定なコードです。
水面張力ギリギリの音楽。
これがすぐに崩壊する恋だということを暗示しています。

また、F#メジャーキーにもかかわらずサビの最初のコードはGM7です。
本来はF#M7であるはずなのに、半音ズレているのです。

他にもこういった普通じゃない音楽表現がたくさん使われています。

つまり、この曲は表面上の歌詞のような、単なる恋愛に奥手な女の子の話じゃないということを音楽理論がほのめかしているのです。

4.裏のテーマは「不倫」

この曲の歌詞は2通りに解釈できるようになっています。

裏の歌詞のテーマとしては、結婚している相手(男)と付き合っているヤバいタイプの不倫をしている女の子が主人公です。

2番Aメロ冒頭の「下手なあなたのウソ」というのは、相手の男は独身であるとウソをついて主人公と付き合っているということです。
でも、そんな大きなウソはすぐにバレます。
相手はバレていないつもりでも、主人公は相手に奥さんも子供もいるのも知っています

そのウソを相手の男に突きつけて破局するほど子供じゃない、という感じです。
つまり、相手もヤバい奴ですが、主人公の女の子もヤバい奴なのです。

相手には奥さんもいて子供もいる。
だから絶対に成就しないけど、やめられない恋なのです。


歌詞を上から解説させていただきます。

SNSに一人きりの写真しか上げられないのも、相手の奥さんに見つかるとマズいからです。

1番では、0時過ぎてから落ち合う二人を描いています。
相手は子どももいながら不倫もできるので、そこそこお金持ちです。
六本木の高級会員制バーにでも連れて行ってもらったのでしょう。
「眠れない夜には少し甘めがいいの」=「セックスする夜の前座は、少しロマンチックが良い」という意味です。

2番では、実際にホテルに入っていく様子です。
趣味じゃない口紅は、相手の奥さんの口紅です。
洗面台は、女性にとってプライベート性の高い場所です。
すなわち女性の心の奥底を指しています。
気持ちが整理できていないのでごちゃごちゃしていて、そこに相手の奥さんの口紅が堂々と転がっているのです。

自分は愛しているのに、相手は遊びで付き合っている。
それどころか、奥さんのことまで隠し通せている気でいる。
そんなことに嫌気がさし、たまにアイロニー(皮肉)をぶつけてみるけど、相手は鈍感なので気が付きません。
結果的にぶつけたアイロニーは地面に散らばってしまいます。

それでも、少しでも自分のことを愛する気持ちがあるなら、体だけの関係じゃなくて、セックスが終わった後も(朝も)まだそこにいて欲しい。

3サビは実際にセックスしている様子です。
不倫という恋から戻れない二人は、溶けあうようにセックスしているのです。
たとえ恋が叶わなくても。
夜を映す窓というのは、ラブホテルの窓のことです。
高級なラブホは階が高いので、カーテン明けっぱなしでも誰に見られることもありません。
窓には東京の夜景と、夜の空。
そして、情けない恰好をしながらセックスしている自分の姿がかすかに映っているのです。

5.本当のテーマは「二面性」

このように、表面上と深層の2つの意味でとれる作品が僕は大好きです。
なのでこの曲も二面性にこだわりました。

音楽ジャンル的にも、ジャズとロックの二面性を持っています。
ジャズのようなウォーキングベース風のフレーズなのにエレキベースが演奏していたり、ジャズっぽい跳ねるリズムをロックドラムが演奏していたり……。

主人公の女の子も、SNS上の姿と不倫しているときの姿という二面性があります。
歌詞も前述の通り二面性があります。

6.恋愛ソングばかりのJ-POPへのアンチテーゼ

このように、解説を読む前と解説を読んだ後で楽曲の深度が違って見える曲を作ってみました。

表面上はくだらない恋愛ソングですが、音楽理論というメガネを通すと奥行きが見えたと思います。
この曲は、恋愛ソングばかりのJ-POPへのアンチテーゼでもあります。

また、通常恋愛ソングは歌詞の登場人物に自分を重ね合わせるものですが、裏のテーマを知った方は、どちらかというとメタ的視点から歌詞を見ることになります。
「あ~自分もこんな恋をしたなぁ」ではなく「あぁ、こんな恋するやつもいるのか」という視点です。、

今後発表する亡きカズの曲もこういうメタ視点の曲が多いです。
メタ視点から聴く曲もなかなかないと思いますので、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。

参考文献

対斜(false relation)について


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