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嗅ぎにいく

見に行くだろうか。あるいは聴きに行くだろうか。
食べに行く、何かをしに行く、会いに行く。

行く理由なんて、嗅ぐことだけでも十分だ。


最近ちゃんと生活をしようという気力が少しずつ増しているため、料理を作ることが増えた。
先日ハッシュドビーフを作ろうと思い、玉ねぎや牛肉を炒め、なんとなくツウっぽいのでダメ押しで玉ねぎペーストをぶち込んで、鍋で煮込んでいたところ、マジ旨そうな匂いで部屋が満たされた。

好きなバンドの好きなバンドのよーわからん洋楽の曲を聴きながら煮込んでいたのだが、あまりの匂いの良さに思わず再生を止めた。そして驚く。鍋がぐつぐつ言う音もいい。匂いと音の相性は最高にいい。僕はこんなにいい音が鳴っているのにそれを無視して、理解できない、悦に浸るためだけの音楽を聴いていたなんて…
ごめんなーハッシュドの赤ちゃん。と詫びを入れた。いや、詫びを入れる前にルーを入れた。べつにうまくはない。あ、いや、旨いんだけど。

サラダを添えたくてコンビニに買いに行って、戻ったら、家の中がマジでビストロくせえの。
ここがあの、僕の家ですか?土井善晴先生の家に入ってしまったかと錯覚してしまうほどの香りをしばらくスンスンと嗅いだ。


昨日
突然親の料理の匂いが嗅ぎてえなと思って、「晩飯を用意して待っているがいい」と連絡を入れ、車を走らせて、嗅ぎにいった。
途中でコンビニでコーヒーを買って飲みながら向かった。
車内を包むコーヒーの香りが一番好きかもしれない。町は年末みを帯びてきている。数件のイルミネーショナブルハウスを遠目に見ては、花見しながら酒を飲む人はこんな気分なのだろうと思った。思わず車内のBGMを好きなバンドの好きなバンドのよーわからん洋楽に変えた。
コーヒーを口に含んで、イルミネーショナブルハウスと悦に浸るためだけの音楽で流し込む。香りは目と耳と舌で味わうべし。

実家は機械の匂いがする。新品のアタッシュケースの中みたいな匂い。そこに料理の香りが混ざる、そうそう、この匂いを嗅ぎにきた…あれ?
家から料理の匂いはしなかった。
「この冷凍のハンバーグめっちゃうまいよ」
晩ご飯は母一押しの、業務用食品店の冷凍のハンバーグだった。

「ところで突然何しに来たの?病気した?」
いや、健康です。(人間ドック再検査の件は言えていない)
と返して、
「嗅ぎにきただけ。」
と言った。

嗅ぎのお礼にと、職場の人の香典返しでもらったお茶セットと今治タオルを渡して帰った。

家に戻ると何の匂いもしない。
毎日いるから何も感じないし、料理も作ってないから。


今日はグラタンの匂いでこの部屋を満たしてやろうと企てている。
みんなも嗅ぎにおいで。用意して待ってるから。

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