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漢字の画数問題(2):新字派

●漢字に数霊が宿ったのはいつ?

字画数で吉凶を判断する数霊法では、「文字の画数はその文字に隠された神秘的な暗示力(数霊)を表わしている」という信念が根底にあります。そこで、「旧字体vs新字体」の問題を次のように言い換えると、この問題の本質が見えてきます。

「漢字に数霊が宿ったのは、いつの時点か?」

旧字派と康煕派は、旧字体の文字が作られたとき(使われている間)に数霊が宿った、と考えます。それで、字体が略字に変化しても、もとの旧字体の画数によらなければいけない、と主張するわけです。[注1]

ですが、『漢字の画数問題(1):旧字派と康煕派』で見た通り、康煕字典の画数を珍重する理由は怪しくなってきました。

一方、新字派は、新字体が作られたとき(使われている間)に数霊が宿った、と考えます。旧字体が使われなくなった現代では、旧字体の暗示力(数霊)はすでに失われている、という理屈です。

しかし、新字体の画数が姓名判断で意味をもつとした場合、また別の問題が生じてきます。

●新字体の内閣告示で人の性格が変わったか?

仮に新字派の主張が正しいとすると、昭和21年(1946年)と昭和24年(1949年)に新字体が 内閣告示されたとき、実はとんでもないことが起こったはずなのです。

文字の画数が以前と比べて変化するということは、姓名判断の一般的な前提に従えば、名前にその文字を持つ人の性格や運勢が変わるということです。

新字体になって画数が変化した漢字は合計480文字(当用漢字462文字、人名漢字18文字)あります。[*1-2]  これだけの文字数で画数が変化したとなると、内閣告示の前後で相当数の人が影響を受けたでしょう。

これはいかにも奇妙な考えです。旧字体で画数が吉数だった漢字が、新字体で凶数になった場合、内閣告示の後、急に運が悪くなった人がいるわけですから。しかも、当人が全く気づかないうちに、この驚くべき変化が起こったのです!こんな途方も無い話が信じられるでしょうか?

そういうと、「改名の効果が現れるには3年くらいかかるから、変化は急激ではなかった」と、占い師の反論があるかもしれません。しかし、3年が30年かかろうが、この問題の本質は変わりません。単なる決めごとで人の性格や運勢まで影響を受ける、という点が問題なのです。

●新字体だけの問題ではない

「なんだ、それなら根拠が怪しくても、旧字体のほうがまだ信頼性があるのではないか?」

それがそうでもないのです。この問題は旧字体についてもまったく同じことが言えるのです。

最初期の字書である「史籀篇」「蒼頡篇」で使われている大篆、小篆は、現代の漢字とは似ても似つかない字形をしています。この大篆、小篆から康煕字典の字体に至るまでの変化が、旧字体から新字体へのそれとまったく同じなのです。

このとき全体の何割くらいの漢字で画数が変化したか定かではありませんが、それは確かに起こっています。そして、画数の変化した漢字を名前に使っていた人は、その影響を受けたはずなのです。

●もうひとつの新字体

さらに言えば、漢字の本家である中華人民共和国においても、わが国以上の思い切った簡略化を図っています。これをどう考えるかです。

1955年、中国の文字改革委員会は「漢字簡化方案」を発表し、翌年、国務院から公布されました。1964年には整理・調整をへた新字体の活字母型が、ほぼ全国に普及したのです。[*3-4]

中国の新字体を簡体字といいますが、これに対して旧来の字体を繁体字といいます。今日では新聞、雑誌、小説、論文にいたるまで、すべてこの簡体字を用いているそうです。

すると、この地球上には2種類の新字体が存在していることになります。旧字体は現在では日本式の新字体と中国式の新字体(簡体字)の二系統に分かれてしまっているのです。[注2]

この点を考えると、新字体による字画数を採用する場合、なぜ中国の簡体字で字画数を定めないのか、あるいは気にしないでよいのか説明が必要でしょう。

なにしろ、日本の人口は1.3億人足らずですが、中国は10倍以上の14億人超です。これだけの人数で漢字を書きまくったら、想像を絶する影響力があるに違いありません。日本の新字体なんて軽く吹き飛んでしまうでしょう。

それどころか、簡体字のなかには3千年前の甲骨文字に起源をもつ文字さえあります。たとえば、「雲」の簡体字「云」がそうです。甲骨文字にはモヤモヤとこもった様を描いた象形文字「云」がありますが、これがのちに繁体化されて「雲」となり、3千年後にまた「云」に戻ったというのです。

こういうことを知ってみると、「姓名判断には簡体字の画数を使うべきだ!」と主張する占い師が、今までに一人も現れなかったのが不思議なくらいです。

●旧字体は旧くない?

しかし、旧字体を擁護する人は、おそらく次のように反論するでしょう。

「そんなことを言うなら、香港や台湾で使われている漢字はどうするのだ? 使用人口こそ少ないが、相変わらず旧字体(繁体字)を使っているではないか。だいたい旧い字体というのは日本人の視点であって、彼らにとっては少しも旧くない。現在使われている字体が影響力を持つというなら、旧字体の影響力は今も失われていないはずだ。

それに簡体字が使われだしてやっと半世紀だが、繁体字の歴史は、楷書の出現以降とするなら1800年である。たとえ昔は知識人しか漢字を使わなかったとしても、総人数で比較すれば簡体字のそれに勝るとも劣らないだろう。」

これは困りました。現在の漢字文化圏では3種類の字体が使われているようです。占い師は「新字体か、旧字体か」といったローカルな問題でもめている場合ではない、ということでしょう。

========<参考文献>========
[*1] 『図説日本語』(林大監修、宮島達夫・野村雅明編、角川書店)
[*2] 『新字体の画数』(宮島達夫著、「計量国語第11巻7号」所収)
[*3] 『漢字の過去と未来』(藤堂明保著、岩波新書)
[*4] 『早わかり中国簡体字』(遠藤紹徳著、国書刊行会)

=========<注記>=========
[注1] 漢字に数霊が宿った瞬間とは?
 康熙派の代表的な占い師 熊﨑一知乃氏は、「漢字の生年月日は不変 誕生時に数霊がこもる」として、次のように書いている。

『扁やつくりは、本字が難しいので後世に簡略化されたものですが、漢字が生まれた時に、数霊が込められたのです。したがって漢字の先天運(生年月日)まで遡ることが理に叶うことだといえます。略字やへん・つくりは正・本漢字に直して、正しい数を計算することが肝要です。
 ・・・人の生年月日は未来永ごう、一生にわたって変化しないように、漢字の画数もその漢字が創作された時の姿(画数)に宿った数は変わらないというわけであります。』

『新 姓名の神秘』(熊﨑一知乃著、同友館、1995年)

[注2] 繁体字の字形
厳密には、日本の旧字体と中国の繁体字とは字形の異なるものが若干ある。

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