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「姓名判断は我が国百年の歴史」が本当だ(5)

続いて取り上げるのは、中国古来の技法を源流とする説、それと徳川幕府の黒衣宰相ともいわれた天海僧正を元祖とする説です。

真偽はともかく、いずれも何らかの検証材料を提示しているので、主張者自身は本気で信じているのでしょう。

●中国古来の技法を源流とする説

織笠繁蔵氏は『新姓名判断』の中で、自身の姓名判断のルーツを明らかにしています。

甲州の東山梨郡に臨済宗の名刹めいさつで鹽山向嶽寺という寺があるそうですが、維新後まもなく、この寺の住職になったのが甲斐田立道という僧で、この住職の書き残した『姓数要略』が種本とのことです。[*1]

織笠氏は数年来の姓名判断ブームに興味を持ち、世の中に出回っている姓名判断書を調べたところ、細部に違いはあるものの、骨組みは『姓数要略』とまったく同一だったそうです。

ただこの書は研究の系統や歴史が判然としないため、彼は次のようなルートで中国古来の技法が伝承されたと確信しているようです。

 中国 → 日本の禅僧たち → 甲斐田氏(禅僧) → 織笠氏

ところで、この甲斐田立道という僧ですが、明治政府に対して謀反むほんを企て、八丈島へ島流しにされたそうです。ここまではっきり書くからには、実在の人物であることは間違いないでしょう。『姓数要略』の書も、おそらく実在したと思われます。

しかし、織笠氏が用いる技法は、「運数(数霊法)」と「陰陽組合せ」のふたつで、どちらも明治期からポピュラーな技法だった「五則」に含まれるものです。このことから、『姓数要略』が明治期の姓名判断書から一部を写して作られた可能性も否定できません。

●天海僧正を元祖とする説

徳川幕府の黒衣宰相ともいわれた、あの天海僧正が秘伝として残したという説があります。そして、この説によると、後世に広まった姓名判断も、大部分は天海僧正の秘法を敷衍ふえんしたものだそうです。

天海僧正といえば、江戸城を霊力で守るため、風水的な秘術を駆使して、北に日光東照宮、東北の鬼門に上野寛永寺、南に増上寺、西南の裏鬼門に日枝神社を配置したとか、平均寿命が50歳くらいの時代に、不老長生術によったものか、数え年108歳(一説には134歳)まで生きたとも言われる怪僧です。

それほど陰陽道に通じていたとすれば、姓名判断の秘伝くらい持っていても不思議ではありません。

この説は『姓名運命観』(田中茂公著)にでています。では、その根拠は何かというと、この著者自身が天海僧正の秘法の書『命名考』を入手したというのです。

そして著者の用いる原本は、「大正元年の秋、神戸のミカドホテルの主人である後藤氏から得たもので、後藤氏は、彼の有名な天下の浪人、小美田こみた信義のぶよし氏から得た」そうです。[*2] [注1-2]

小美田氏が、尾張の桶狭間なる天海僧正の寺に寄食しておられたとき、開かずの厨子があったのをふと開けてみたら、一巻の巻物が出てきた。これがすなわち天海僧正の命名秘法であったのであります。

小美田氏も、仔細にこれを研究してみた結果、姓名の恐るべきものなるを悟って、その後、東京において、盛んに姓名鑑定をやっておられるそうであります。(漢字の一部をかなに書き換え)

『姓名運命観』(田中茂公著、不老禅室、大正5年)

ちなみに、天海僧正の『命名考』は六ヶ条からなり、第一条「意義」、第二条「天地の配合」、第三条「乾坤の組合」、第四条「五気の組合」、第五条「名の運数」、第六条「姓名の運数」だそうです。

例によって「五則」そのままなので、こちらも明治期の姓名判断書を書き写した「偽書」である疑いが濃厚です。

似たような説は他にもありますが、いずれも内容的に面白味がないので、割愛します。

===========<参考文献>===========
[*1] 『新姓名判断』(織笠繁蔵著、一星社、大正2年)
[*2] 『姓名運命観』(田中茂公著、不老禅室、大正5年)

=============<注記>===========
[注1] 神戸ミカドホテル
 創業は明治22(1889)年、洋食を売り物とした高級ホテル。神戸駅に近く、紳士の社交場、名士の定宿だった。政治家の後藤新平、板垣退助なども利用したという。
 創業者の後藤勝造氏は、列車食堂、活動写真会社など多方面に事業拡大したが、活動写真会社の失敗で多額の負債を抱えた。
 大正4年(1915年)、勝造氏の死去に伴い、同年12月20日にミカドホテルは廃業、建物は売却された。

[注2] 姓名判断(改名)の効用
 田中茂公もこう氏は、本名を田中菊次郎といい、運命講習録や家相などの著述も多く、この業界では成功者の一人に数えられたようだ。
 しかし、後に精神に異常をきたし、50歳で夭死したうえ、遺産は遺族に残されることなく、裁判所が処分したという。
 この不幸な末路をどう考えるべきか。 姓名判断(改名)には何の効力もないということか、それとも天海僧正の命名秘法が偽物だったのか・・・。
<参考> 『名称教育精義』(楠木博俊著、精華堂、昭和4年刊)

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